第253期 #5
私の恋人は、話の結末が分からないと不安で物語が読めない。
「だって嫌な終わり方だと分かっていたら、初めから読まなきゃいいだけでしょ」
まだ恋人になる前、彼女はそう言っていた。
「わざわざ時間をかけて物語を読んだのに、終わり方がひどいって詐欺だと思うの」
私は、結末が分からないからこそ物語は面白いのだと、ずっと疑うことすらしなかった。
だから、自分とは真逆の彼女の言葉を聞いたとき、私は急に体のバランスを崩して電柱のコンクリートに頭を激しくぶつけ、救急車で運ばれたらしい。
目が覚めると彼女の顔が見えて、やあと挨拶すると彼女が微笑みながら私を抱き締めた。
ここは天国かと思った。
「あなたの頭がスイカみたいに半分に割れて、血が大量に噴き出したとき、あたしがどんな気持ちだったか分かる?」
いや、分からない。
「その光景を見て、ただ地面にへたり込むしかなくて、ようやく気持ちを取り直して、携帯で救急車を呼んだときの気持ちが、あなたに分かる?」
ごめんなさい。ひたすらごめんなさい。私のために君に怖い思いをさせてしまい。
「でも、あなたを死なせずに済んだから、あたしは満足してるの。だって、頭が半分に割れたら普通は死ぬでしょ。でも、あなたは何とか頭をくっつけて生き返ったのだから」
その後、彼女は毎日私が入院している病室にやってきた。
しかし、私はまだ体を動かせる状態ではなく、頭が割れたせいで意識や口の運動機能が正常ではなかったので、彼女とまともに会話できない。
「昨夜、夢の中であなたと会ったときは、物語の結末についていろいろ話せたわ」
彼女は、病室のベッドの端に腰掛けながら、そう私に話し掛ける。
「小説を書いているあなたにとって、結末を分からないようにして期待感を持たせることが大切だということは理解できたつもり。でも、ただの物語でも、本当のことみたいに怖くなってしまう人間もいるの」
私は、夢の中で彼女に会った記憶はないが、夢の中の自分がちゃんと小説の考えを主張してくれたのなら、まあいいかと思った。
「あと三カ月ぐらいで退院できるみたいだから、それまでは無理しないで、夢の中でお話しましょ」
私は、ずっと彼女に恋人になって下さいと言いたかったが、今は口が上手く動かない。
「それから、夢の中であなたに告白されたけど、小説の結末を教えてくれるなら、あなたの恋人になってもいいと思ってる」