第253期 #6

想い出がいっぱい

 怪談というか、人間って怖いねという話ね、そう言って先輩は話し始めました。
「その男は経営者でね。忙しいけど金があって、綺麗な奥さんと娘がいる、いわゆる成功者だ。
 その日、偶然予定が空いて、男は初めて娘の通う園の発表会に行った。普通の父親のようにカメラで娘を撮っていた。
 23人の白雪姫の劇で、姫の衣装を着た娘達が並んでステージに入場する。その時、娘の後ろにいた子が娘のスカートを踏み、娘が転んでしまった。カメラにはぐっと口を引き締め、泣かずに立ち上がった娘が映った。でも、スカートを踏んだ子の方が泣き出してしまって、どうなる、と大人達が見守る中、娘がその子の手をつないで歩き出した。会場には拍手が起こった。
 それから男は変わった。娘のイベントには必ず出席する。平日も夕方には家に帰り、ご飯を一緒に食べる。
 そして男は家では必ずカメラを娘に向けた。歌う娘。笑う娘。泣く娘。座る娘。立つ娘。寝る娘。ありとあらゆる娘の姿を記録した。
 家の防犯カメラの数が増える。園バス、通学路、園舎、記録場所も増えていく。システムが作られる。でも、それらは水面下で行われた。
 やがて娘は20歳になった。別宅で、家族と親戚や親しい友人を呼んでのパーティが開かれた。出席者が帰った後、男は秘密にしていた地下室に家族を招き入れた。
 誕生日のサプライズ。それは娘の0歳から20歳までの完全なライブラリだった。3D化された娘が成長していくホログラムの向こうの超大型ディスプレイ。その左右に並ぶ本棚を模した大型タッチパネル。
 でも、16年の集大成のそれは、その日の内に、怒り狂った娘と妻によって完全に燃やされてしまった」
 おしまい、先輩はそう言って、グラスを開けました。
「先輩」
 私はタバコを吸いに出た先輩を追いかけて声をかけました。
「気になって」
 男は4歳から記録を始めたのに。
 0歳から3歳の記録がどうしてあるのか。
 先輩は煙を吐き出して、言いました。
「やり直したんだ」
「え」
「娘のクローンを作って、0歳から3歳の記録を再現した」
「そんなこと」
 先輩はタバコを口に当て大きく吸い込みます。
 もう一つ、聞きたいことがありました。
「男は」
 全部燃えて。それで、
「諦めたのでしょうか?」
 先輩は、ふいに空中をにらみ、手を伸ばして何かを掴みました。蚊?
 先輩は手を開いて、掌のそれを払って落とし、
「どうだろうねぇ……」
 と答えたのでした。



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