第253期 #7

犬の名前で僕を呼んで

「それでは賛成の方、起立をお願いします」
 あの時の勝ち誇ったネスルの顔をログニは忘れらない。そして誰も起立しなかった後のあの顔も。
 ログニはネスルの牢を訪ね小銃を手渡してやった。
「ほら、おまえの娘も見ているよ」
 ネスルの娘の肩を抱き、ログニはネスルに語りかける。ネスルの娘は美しかったあの長い金髪を全て刈られ丸坊主にされていた。ネスルはがちがちと震えながら小銃を手に取り、銃口を咥えた。そうしていつまでも引き金は引かれなかった。ネスルは泣いていた。娘も声も無く泣いていた。ログニは興味を無くしどうでも良くなった。
 戦争は熱狂のうちに。熱狂は羽ばたきの中に。羽ばたきは瞬きの内に。忘却の中に。忘却は再びの忘却のその引き金の中のその忘却の。
 戦争は敵国の全て灰燼と化した。そしてそれ以上にログニの国も灰燼と化した。
「残念です」
「何度も辱めてやったな」
 ログニの元にネスルの娘が判決を言い渡しに来た。
「何度も辱めてやったな。身体は大丈夫か。わたしが壊した身体を治すのは痛かろう。もう子供も産めないのだろう」
「残念です」
 戦争のあと、ログニは全ての責任を引き受けた。判決まで長い時間がかかった。人道的な判決として、地下牢に永遠に埋めるか、宇宙に放出するか、決まるまでに長い時間がかかった。地中に埋めるのも気持ちが悪いしかといって宇宙に放り出してもいつまた戻ってくるのかを人々は恐怖していた。判決が決まるまでにご丁寧に双方の間で紛争まで起こし、また何人もの人が死んだ。
 結局ログニは小さな宇宙船に乗せられ、星の外へと放出された。死ねない体を抱え永遠とも言える長い時間をログニはそこで過ごす。
 長い時間が過ぎた。ログニはちょっとした思い付きで身体を胴のあたりで引き裂いてみた。真っ二つになっても小窓から入るちょっとした光から身体を再生することが出来てしまう。
 分かれた下半身はばたばたと蠢きながら再生を続けた。そして皮も無く目も無くそれでいて喉からごろごろと血泡を吹きながらログニを指さし、それは唐突に呟いた。
「ぶぁん」
 それは確かにログニが幼いころ飼っていた犬の名前だった。
「ぶぁん、ぶぁん」
 今まさに産まれたそれは血まみれのまま、何かを探すように宇宙船の中を走り回った。
 ログニはそれに首輪をつけ、小さな宇宙船の中を、小さな世界を一緒に歩き回った。
「ぶぁん」
 もう何も探すものなど無いのに、一緒に歩き回った。



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