第253期 #8
生地が傷んで痩せ細ってきたことには気づいていた。今までなら使い慣れた針と糸でほつれをかがりさえすればよかった。かがり方は幼い頃に親から教わった。歳を重ねた親のあちこちに色の異なる不格好なくたびれた継ぎ当てがあり、当時の自分はそれがあまり好きではなかったが、今のわたしにはわかる。わたしたちは特別巧みな裁縫師になる必要はないが、中身が漏れないようにしっかりとかがるという最低限の手技を身につける必要はある。生き続けるために。
自身もほつれをかがりながら今まで歳を重ねてきたが、さすがにもう限界かもしれない。今度のほつれは利き手の指先だった。ほつれをかがるなど、呼吸をするぐらい簡単なこと。けれども、これではもうどうしようもない。逆の手でほつれをかがる技術はわたしにはない。買い出し途中の道端で立ち止まり、見事にほどけていく利き手を目の前に掲げて眺め、こんなふうに突然終わるのかと、わたしは最期を覚悟した。
ところが、通りがかった人たちが、わたしのほつれを見逃さずに足を止めた。
「だめだよ、あんた、そんな古くさい縫い方で長持ちするはずがないよ」
目の前に立ったわたしよりも少し年配の人が、肩にかけた大きなトートバッグから手に馴染んだソーイングセットを取り出し、許可ひとつ得ず、わたしの指先をざくざくと縫い始めた。
「だめだよ、あんた、こんなにほつれて、このままだと中身が全部漏れてしまうよ」
後ろに立った人は手持ちの籠を地面に置き、やはり許可を得ることなく、取り出したソーイングセットでわたしの裾をかがり始めた。
それ以外にも足を止める人がいて、好き勝手に声をかけてくる。
「だめだよ、あんた、あちこち穴があいて、もうろくな中身が残っていないよ」
大きく口を開けさせられ、たくさんの人たちの手で新たに大事な中身が詰め込まれていく。もうずっと空っぽだったのだ。道理で最近ぺらぺらだと思っていた。
身体中あちこちに思い思いに不格好な継ぎを当てられ、たくさんの大事なものが詰め込まれ、わたしは重くなった。もう歩くこともできない。
動けないわたしは抱えあげられ、家まで運ばれていく。玄関から放り込まれたわたしは、閉じられた扉の内側で床の上に横たわったまま、かがってもらった利き手を目の前に掲げて眺める。ざっくりと縫われたそれは、今までと同じようには動かせないが、新たにまたほつれをかがることはできるだろうか。