第253期 #4
貰い物の水槽で金魚を飼いたいと出掛けた息子がドジョウを買ってきた。細長く、灰色で、尾の方が少し左に曲がっている。
「なんか、可愛かったから」
水槽に放つと大人しそうな顔で水底に沈み、何本もの短い髭をモサモサと動かしている。うまそう、なんて思う私とは感受性が異なるらしい息子は、ドジョウにどんちゃんという名をつけた。
どんちゃんは夕方から水槽中を泳ぎ始めた。泳ぎは時々激しくなり、ヒレが水面を打つたびに私たちは水槽を見やった。
「慣れない環境でパニックなのかも」
妻は言った。
翌朝、水槽を見てみるとどんちゃんは水草の上の方で腹を見せ横たわっていた。絡まってしまったか、あるいは死んだかと思い突つくと慌ててエアポンプの裏に逃げた。水草に身を任せだらしなく寝ていたのだ。一日と待たず警戒心を失ったどんちゃんに私は呆れた。
数日経ち、お店にいたときは仲間がたくさんいて窮屈そうだった、と息子は振り返る。
どんちゃんは誰が見ても気ままだった。口髭を動かしながら緩慢な速度で餌を探す姿も、ポンプの泡に巻き込まれてぐるぐる回る姿も、店での(おそらく)抑圧的な生活の中では見せられなかったに違いない。
「でも、寂しそう」
そんな息子の言葉が気になり、私は仕事の伝手で川から採った小魚を二匹調達してきた。小魚を放つとどんちゃんは慌てふためいた。ストレスかとも思ったが、種が違うから棲み分けは可能だろう、そのときの私はそう判断した。
しかしそれ以来、どんちゃんはもう、ふらふらと無意味に泳ぎ回ったり、泡と戯れたり、水草でだらしなく寝たりすることはなかった。二匹の小魚が興味深げに水槽内を散策するのを、ポンプの裏からじっと見つめ、時々気が触れたような勢いで水槽の中を周回しては、またポンプ裏に沈んだ。小魚が近づいてきた時には過剰に暴れた。
小魚たちは図太かった。ひととおり水槽内の状況を把握すると、緑がかった銀色の鱗を光らせ優雅に漂った。餌ももりもり食べた。どんちゃんは、水を吸って落ちてきた餌の残滓をポンプ裏でモサモサ食べた。息子は小魚たちを、さっちゃん1号2号と呼んで可愛がった。妻はどんちゃんを不憫がった。
一ヶ月後、妻と息子が里帰りしている間にどんちゃんは死んだ。本当に絡まったのか知らないが、水草の茂みの中に横たわっていた。供養を口実に、私はどんちゃんを素揚げにして食べた。小さいながら、サクッとして、うまかった。