第25期 #12

月魚

 夜店のまあるいオレンジ色のひかりのなかで、ガラス色した月魚や火魚がふわふわと浮いている。
 おとーさん、あれ。
 硬貨とひっかえに、針金をつないだ紙縒りをわたされる。
 月魚は千円札を背負ったものもいる。去年あれをとろうとしてぷっつりと紙縒りは切れた。
 今年は堅実にいく。テレビでやっていた水魚のとりかたを思い出しながら。
 まずわっかを斜め四十五度の角度で飴の中に入れる。
 まとわりつく飴をものともせず、慎重に水魚の下にわっかを差し入れる。
 そおっとすくいあげる。飴が固まるよりはやく、わっかを斜めにしてまず飴を切る。
 飴の重さで紙が破けるのを防いでから、水魚を救い出す、すくいだす、すいだす、すいだす・・・・・・。
 ぼとっと月魚の落ちる音がした。
 紙縒りが切れた。

 けっきょくおっちゃんはピンクのビニールひものついた透き通ったビニール袋に、ガラス細工のような、りんご飴のような月魚を一匹入れてくれた。生きていないビニール製の火魚ははじめから眼中になかった。
 うちでは飼えないのに、と、おとーさんが云った。どうして火魚をもらわなかったのかい?

 去年の火魚はまだ家にあるはずだ。

 とりあえず部屋で買えるよね? 明日ロビンソンで水カゴを買えばいいよね?
 そりゃあロビンソンまで行けばなんでもあるけど、おまえ、ちゃんと空気の入れ替えとかできるのか。おとーさんはやらないぞ。
 家の空気じゃダメなんだよね。一度日を通せばいいんだよね?
 そうだよ。
 ご飯粒食べるかなあ。
 ダメだよ、ちゃんと月魚のえさがいるぞ、それ云わんこっちゃない。
 わたしまえのうちで月魚飼っていたよ、と小さな声で言った。
 玄関の前、水カゴの中で月魚は勝手に生きていた。餌をあげた記憶がなかった。月草があったから良かったのだろうか?
 
 日の通った部屋の中で月魚を放つ。月魚はふわふわと泳いでいる。赤い身体を通って、飴色の光がきらきらと光った。

 しかし空気がいけなかったのか月魚がいけなかったのか、一週間もしないうちに月魚は割れて小さなガラスの欠片になってしまった。
 わたしはガラスの欠片を、ベランダにあるサボテンの鉢のなかに埋めた。サボテンのトゲが胸に刺さった。
 おとーさんが買ってきた残りの月魚が部屋を漂っている。
 わたしはずっとこうやって生きていく。
 それはたぶんしあわせなことだとおもう。たぶん、きっと。



Copyright © 2004 安南みつ豆 / 編集: 短編