第248期 #2
幼いころの話である。
私と弟は高速道路に載っていた。車は父が運転していた。母は助手席で眠っていて、私と弟は、後部座席に荷物と一緒に詰め込まれていた。なぜ、私たちがそこにいたのかは記憶にない。それがどこだったのかも忘れてしまった。
春だったことだけを覚えている。艶やかな赤紫の木蓮が車窓をたびたび横ぎった。トンネルの多い道だった。私は、耳の気圧を調整するために、しばしば唾を飲みこんだ。暖房のせいもあって喉はからからだった。
その日何度めかのトンネルの入口だった。不意に弟が、トンネルの名板を指して読み上げた。私は窓の外に目をやったが、それを見る暇もなく車はトンネルに入った。
読めるんだ。
弟は自慢げに言った。私は黙って手を叩いた。薄暗いトンネルの壁に車の影がちらちらと走った。等間隔に並んだ蛍光灯は、同じ速さで窓の外を流れていった。
僕ね。あれ、ずっと、天窓だって思ってたんだ。
弟が蛍光灯を指して言った。
外の光がね、遠い山の地面から掘られた、ちっちゃなトンネルを通って、僕たちのトンネルに差し込んでくるんだって。
私は小さくうなずいた。
でも、違った。
弟はぽつりと言った。
しばらく走って、車はトンネルを抜けた。
ほら。外の光だよ。
私が言うと、弟は困ったように頬をかいた。
……僕、トンネルの中のほうがいいなあ。まっすぐで、外の光ってかんじがするもの。
私は黙って窓の外を見た。
真っ赤な木蓮の花が、何かを守るように咲いていた。