第245期 #10

それでも僕らは廻したい

 レーンを回る寿司にわさびを載せたりする悪質な悪戯が可視化されてから、回転寿司屋は国民の怒りをバックに高額訴訟、通報時一皿無料システムを導入、ネット戦士達は凝縮した悪意の砲撃を行い、犯人の人生を破壊していったが、悪戯は止まなかった。賠償金目的の寿司テロ闇バイトによる因果逆転現象もそうだが、原因は人間社会のバグのように思えた。だから回転寿司屋は防御力を高めるしかなく、地下鉄のホームドアを参考にした完全防護レーン、人が手を出せない超高速の磁気浮上式高速レーンなどが賠償金を原資として開発された。
 そして、この地方の回転寿司チェーンにおいても、昔ながらの回転寿司レーンの廃止が決定された。

 僕は店長に詰め寄った。
「廻さない回転寿司なんて、ただの寿司です」
「ただの寿司でよくない?」
 高額な大手のシステムではなく、外注して独自のシステムを作るらしい。ベースは地下鉄ホームドア型だろう。
「お客さんは廻ってる所が見えませんよね? それじゃあ意味がない」
 店長は困り切った、というように頭をかく。
「昔、何故寿司を廻すのかと聞いたとき、店長は言いましたよね。それは寿司が廻りたがってるからだって。俺はその背中を押してやるんだって。その言葉があるから、僕はここで働こうと思ったのに……今更何なんですか!」
「いや、言ってないからね」
 僕はトーンを変える。
「僕の思い出にはいつもメリーゴーランドがあります。キラキラして、ペガサスやライオンがいて、乗り物酔いの酷い僕は乗れないけど、見ているだけで幸せになる。僕にとって回転寿司はメリーゴーランドなんです」
「そう、だったんだね……ってならないなあ」
「大人はいつもそうだ!」
「いや、君も大人だからね」

 屋上でタバコをふかしていると、後ろから店長が来て並んだ。
 結局、僕の抗議は退けられたが、外注した会社が飛んでシステム導入計画は流れたらしい。
「残念ですか?」
「別に。どうせ僕も雇われだしね」
 疲れた中年の横顔だ。
「何で、そんなにこだわったの?」
 僕は昇っていく煙を見ながら答えた。
「廻る寿司は、輪廻から解脱するんです。寿司は廻って善行を積み、さらにわさびや唾を吐かれた寿司は悪行のカルマを清算して、食べられてニルヴァーナに至る。素晴らしいシステムです」
「それは……凄いね」
 そう凄い。人間はいつか宇宙の仕組みさえも解き明かし、ハックするだろう。
 僕はそれを間近で見ていたい。



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