第243期 #4

住宅地にある喫茶店

 私は煙草の臭いがする喫茶店にいました。舌に膜を張るように刺激するブラックコーヒーは私の手を冷たくするだけでちっとも私に落ち着きを与えてくれません。私はずっと入り口のほうを見ながら、秒単位で冷めていくコーヒーをゆっくり飲みます。道路を挟んで向かいには町工場があって、今日は日曜なのでお休みです。喫茶店の入り口は開放的なガラス窓で、彩光には優れています。外は晴れで、南からは日が差し込んでちょうど私の机にブラインド越しに光をよこします。
「まぶしいですか」
 と聞かれたので少し、というと店員はブラインドを動かしました。私のほかには家族が朝食を食べていて、点けっぱなしになっているテレビアニメを見ながらああでもないこうでもないと話をします。黒く陽に焼けた坊主頭のお父さんから「転生」という言葉が出て、今はやりの転生ものの小説を原作にしたアニメのことを話しているのかもしれないと思いました。私の後ろに座っているスウェット姿の男性は会計に向かい、店主と家族に向かって彼のアニメに関する考えを話しました。自分の好きなアニメやキャラクターの説明をしつつ、家族の娘の好きなアニメについてのイベントがあるということも明かしました。
「集まろうよ」
と常連らしきその男は、家族と、店主に向かってそのイベントに誘いかけました。店主は
「うちは夜貸せるよ」と言い、とても和やかな空気が流れました。しかし特にそれから話が盛り上がることはなく、私が聞き耳を立てる限りでは連絡先を交換しないまま、男は喫茶店を去り、しばらくして家族もいなくなりました。そこから私が去るまで一人の老婆が来て、コーヒーを飲み、去りましたが、彼女は文旦を風呂に入れてもいいものかといった話を店主としていました。
 私は冷めたコーヒーをようやく飲み終ると、伝票をつかみました。店主は私の顔を見ると「ありがとうございました。いってらっしゃい」と言いました。私はもう帰ろうと思っていたので、その言葉に少し驚きました。確かに私は外出着を着ていたのですが……。
店を出ると晴れていた空はすっかり曇っています。頭はまだコーヒーが膜を張ったようにはっきりしません。時計を見ると午前十時でした。私はたぶん、コーヒーを飲んで、それをしたためるだけの一日を過ごした人になる、そういう予感がしていました。だからその日はいろいろしたのですが、結局はコーヒーを飲んだだけの人になりました。



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