第240期 #3

魔法使いの末裔

 たくさんの音が同時に入ってくるから、耳のなかはいつもうるさい。それぞれの音を分解して聞くこともできるけど、大概はそのまま同時に聞いている。人の声。風の音。機械の音。虫の声。それから?
 人には聞こえないはずの音まで聞こえていると、聴音検査で診断されたのはずっと前。その後はさらなる検査に次ぐ検査が続き、貴重な研究対象とされ、珍種の超能力者扱いをされた。騒がれまくった挙げ句に怒り狂った親は、この子はただのニンゲンです、という、当事者の自分さえもが、もしかしたら本当にニンゲンではないのでは、と疑いをもってしまうような言葉を残し、自分を連れて行方をくらませた。
 実際のところは引っ越しをしただけだ。そして、美容師である親の手で、完全に外見を変えられた。髪型を、髪の色を、眉毛の形を、身につける衣装を、そして名前を変える。それだけで多くの人は騙されてくれた。実に呆気なく。
 もしや親は本当は魔法使いで、ニンゲンではないのでは。そして自分は魔法使いの末裔で、やはりニンゲンではないのでは。
 混乱するたびに屋根にのぼり、人には聞こえないはずの音を聞く。
 天上からはずっと小さな音が降り注いでいる。大気のなかの粒子が震える音もあるけど、それだけでは説明しきれない音が鳴っているのが聞こえる。
 音と会話をするのは簡単だ。舌先を小さく動かすだけで、音は変化する。動きに反応する周囲の環境音もあるけど、それだけではない。
 天上からはいつも小さな音が降り注ぎくる。
 もしや天国は本当に存在するのでは。はたまた宇宙人? などとロマンチックなことを考えたりもするが、頭部に電極をつけ聞こえている音を解析され続ける見世物にはもう絶対にされたくないので、そんなことは絶対に口にしない。
 ニンゲンのさらなる理解のためだとか、科学のさらなる発展のためだとか、ギフトは社会に還元すべきだとか、たぶんそれらはみなタダシイ言葉だろうけど。
 ただのニンゲンとして暮らせる環境をととのえてくれたのは、魔法使いの親だけだ。
 おとなになるまでにこの能力を最大限にコントロールできるようにして、跡を継ぐよ。そう告げると、親は鋏を点検しながら、そんなことはいいから、好きなように生きなさい、と言う。
 それで、天上から降り続ける音に合わせ、指先をほんのわずかだけ動かしてみる。
 音が変わる。
 いま、ほんのわずかだけ、わたしは世界を救った。
 たぶんね。



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