第240期 #10

そして石になる

 2029年、ケイ素型知的生命が宇宙より来訪。全人類に対して意識浸食して去る。

「我々は全ての知的生命に幸福な生と死を望みます。方法は伝えました。さようなら。地球の人。愛。平和。友だち」

 直後、地球のあちこちに直径10メートルの謎の球形巨石が出現。
 SNSで情報が共有され、それぞれの国の軍隊なりが動き出すまでの十数時間で、巨石を触った数万人が石になった。
 その石に触れた人間は石化する。痛みも苦しみも、意識もない。石の体は電気と水を通し、内部に回路が形成され、完全停止まで数百年らしい。
 要するに、奴らは安楽死の専門家でテロリストだった。

 そして俺の話だ。
 大石化時代の始まり、賛否の嵐が渦巻く中、俺たちは大学生で、究極の自由意志の行使手段には否の立場だった。
 そして、友人・家族の石化というイニシエーションを経て、反石活動を開始する。大学内サークルが革命組織となり、やがて世界中の同志と接続されてテロリストと認定されると、止まれなくなった。
 安楽死システムの合法化直前、俺たちの組織は石の機能停止技術を得た。どうやって? 何のことはない、奴らも一枚岩ではなかった、ということだ。俺たちに選択する余地はなかった。石化機能停止作戦が開始され、今日、俺のチームは担当の石の前に立っていた。


 隣を見ると、円が瞳を潤ませている。鉄の女と呼ばれた彼女が。
 人の幸せを得るのは大義を為してから。そう互いに奮い立たせ闘ってきた。
 だが、明日から俺達は人に戻る。円、君と一緒に。
「円」
 円の肩に手を置く男。誰だ。
 その手の上に自分の手を重ねる円。何故だ!
「泣いていいさ。明日から僕たち二人、ただの人だ」
 俺のやりたかったやつ!
「ありがとう、来夢(くるむ)。でも二人じゃない」
「えっ」
「三人よ」
 そういって、お腹に手をやる円。優しい顔。心底、驚いた顔の来夢。
 俺はその千倍驚いている。15年一緒にいた。手も握ってなかったけど。
 何がダメ……いや、もうやめ。考えない。何故なら、俺はまだ何も失ってな………あ、ダメ。昨日、何か盛り上がってPCで長文告白メール書いて、機能停止予定時刻に送信予約したんだった。あー。あー。
「リーダー、時間よ」
 体がビクッと震える。
 みんなの視線が突き刺さる。
 俺はうなずき、石の近くまで歩く。せめて、せめて、スマホを家に忘れていてくれ……!
 俺は目を瞑り、

 ピロン♪

 笑って、そして石になる。



Copyright © 2022 朝飯抜太郎 / 編集: 短編