第232期 #5
道すがら行き違った人と身体が触れ合ってしまう。ごめんなさい、と軽やかに言い、その人はすれ違い行ってしまう。
気づいたのは、また少し歩いてから。指先にわずかな違和感があり、立ち止まって見つめていると、あの、すみません、と後ろから神妙な声がかけられる。
あなた、どこかがほつれていませんか。
心配そうな声に振り返ると、先ほどすれ違いざまに触れた人が、やはり心配げな顔をし、様子を窺うように立っていた。
気にしないでください、とは言ったが、その人は胸の前に掲げているわたしの指先を凝視し、身体をこわばらせてしまう。無理もない。わたしもこんなことが自分の身に起こりうることがあるなんて思ったことがなかった。
わたしの指先からのびる白くて細い糸。それはわたしの指をほどきつつ、あなたの指に絡まってしまっていた。
ごめんなさい、ぼくのせいですね。
あなたはそう言い、自分の指先に絡みついている糸を慌てて解こうとする。そして、闇雲にその糸を引っぱったところ、さらに呆然とする結果を生み出してしまう。
わたしからのびた糸に絡んで、あなたの指先もほつれ始めた。互いにのびゆく糸が絡み合い、わたしたちはどんどんほどかれていく。
あなたが焦れば焦るほど、わたしたちは勢いをもって細い糸になりほどけていくので、わたしは無事なほうの手であなたの肩を叩き、待ったをかけた。
焦らないで、このまま病院へ行きましょう。救急車を呼んでもいいと思う。
わたしの言葉にやはり神妙に頷いたあなたは、今度はそちら側のわたしの手を目を丸くして見つめている。
気づくと、そちらの指もほどけ始めていた。白くて細い糸が陽射しを弾いて鮮やかに輝き、わたしの形を失わせ、あなたを絡めとるように巻きついていく。
あなたの身体もさらにほどけ、輝く糸となり、わたしの糸と縒り合わせられていく。わたしのほつれと呼応して。わたしの糸を熱く欲して。
わたしたちは互いにほどかれ綯い交ぜになり、新しい形を生み出していく。互いの形を失い、新たに一個の物体になっていく。それは二本の細い糸が巻き取られた大きな人型。生まれたばかりのそれは、すでに形をなくしつつあるわたしたちに向かい、初めまして、両親、と言ったけれども、ごめんなさい、わたしたちにはあなたを育てることはもうできません。別れの挨拶をする暇もなく、わたしたちは新たに形をなした存在にすべてを絡めとられてしまう。