第232期 #6
満足そうに息を吐き、背伸びをする17時。若手社員が出社2時間で終わらせる仕事に8時間かけた男は誰よりも早くオフィスを後にする。
薄くなった毛をなびかせる男の顔に笑みが溢れる理由は、最寄駅で買った80gのコンビーフにあった。
日の当たらないワンルーム。早炊き設定の炊飯器から白飯を丼によそう。コンビーフも敷き詰める。
丼の真ん中。白飯とコンビーフをそれらしく凹ませ、卵の黄身を落とす。
仕事中に見せない丁寧さで黄身にだけ醤油を垂らす。マヨネーズをギザギザにかける。万能ネギも散らす。それを掻き込む。ただ掻き込む。
16インチの政治家への文句は2本の発泡酒と一緒に飲み込む。彼は知っているからだ。何を言うかではなく誰が言うかが大事なことを。
そして知っているからだ。自分の存在なんてもんは三角コーナーに居る白身と同じであることを。
カーテンは閉めずに電気だけ消してペラペラの布団に潜り込む。窓から差し込む社会の光をいっぱいに浴びて男は現実から解き放たれる。
薄れゆく意識の中で男は思う。
「ああ、今日も歯磨きしてないや。」