第232期 #11

帰宅部の活動

 ホームルームが終わると真っ先に教室を飛び出す。廊下に人影はない、スタートダッシュ成功。大股でリノリウムを蹴る、きゅっという音。スカートに配慮しつつ速度を落とさないギリギリのライン。階段に到達すると背後でC組の戸が開く。名前を呼ばれた私は踊り場に跳んでいて、着地した足でターンする、きゅっ、そしてまた跳躍。意識が遅れてついてくる、アサノだ、呼んだのは。下駄箱から靴を取り出し同時に上履きをしまう。アサノがばたばた階段を下りる音を聞きながら外へ。

「なんでそんなに足速いんだよ」
 去年の帰り道が自動再生、夕焼けに照らされたアサノの真剣な表情。なんでだろうね。陸上部に勧誘されたけど断っちゃった。
「コヤスは走ってるっていうか飛んでるだろ、背高いからってずるいぞ」
 これは小学生のころ言われたんだっけ。バレー部とバスケ部にも誘われたなあ。結局安定の帰宅部なんだけど。
「でもアサノも一緒でしょ?」

 校門を出る。体育の先生が叫ぶ、こけるなよとかなんとか。はーいせんせーさよーならーと手を振り、あれ、走るなよだったかな、まあいっか。ホップステップジャンプ、角を曲がる。
 右足の靴裏がざりっとアスファルトを擦り、流れるように左手で触れる左耳、右手人差し指、最後に右眉。視界の端にログインの文字を確認して坂道を下る。
 左下のマップに蛍光色で表示される今日のコース、現在三位。二位は大通りにさしかかったミツイ先輩。三年B組六時限目自習ですよねフライングずるくないですか。まあでも抜きますけど。下校中小学生集団に行く手を阻まれた先輩、を横目にガードレールの上でステップを踏む。くそっ、待て。待ちません。飛び降りる。赤信号で車道に踏み出した小学生男子のシャツを掴んで引き止め、横断歩道を渡りきると、先輩とアサノの順位が替わっている。小学生たちに手を振ってまた走り出す。
 前方の古い歩道橋、階段を四段飛ばしでひらりと上る制服。ガードレール・ポスト・フェンスを足蹴に踊り場に着地、少し冷や汗。私も四段飛ばして三歩で上りきる。歩道橋の真ん中に小学生が四人集まって、男子が一人フェンスを越えようとしているのを慌てて止める。あのお姉ちゃんがランドセル投げた、と隣の女子が半べそで指さす先に不敵な笑みと一位の旗。
「コヤス!」追いついたアサノの声。「ここは俺に任せて行け!」
 無言で頷いて私は飛ぶ。今日こそあのバカ姉貴に引導を渡してやる。



Copyright © 2022 Y.田中 崖 / 編集: 短編