第231期 #3
「今あるラインアップの中でお客様の肌の色を考えますと一番映えるデザインとしてはやはり濃紺に白花をあしらったメッシュタイプのこちらでしょうか……透け感を大事にするなら……お客様のカップ数ですと……」
店員さんから控えめに漂う落ち着いたシトラスの香水の匂いにうっとりしながらブラを試着した私は鏡に映る自分の乳房を見ていた。左、右、前かがみ、背筋伸ばして一通りの角度から見る。濃紺のドレスをまとったそれらはいつもより丸く凛としていて、程よく盛られたそれらには大人の気品があった。
「お似合いですよ」
そうなのだ、さすがプロの店員さん、文句のつけようないほどよく似合う。私のパーソナルカラーはブルベだし、上背もあって紺やネイビーがしっくりくるのはほんといつも思う。思うし、このままの姿勢でシャツを羽織って帰ってしまいたくなるし、今までもそうやってぴったりと私に似合うブラを付けていたんだけど、心の中で何かのつぼみがぷっくりと膨らんだ。鏡を見続ける私のバーガンディーブラウンの唇からぽろりとこぼれ出たつぼみはこうつぶやいた。
「ピンクがいいなあ」
思わず口をついて出たその言葉に振り向いた店員さんに「あ、何でもないです」と言おうとするのを制して
「ピンクはいいですね」
と店員さんは笑顔を浮かべて試着室から消えて、そのあと桜のようなブラを掲げて戻ってきた。「私もピンク、好きですよ」なんというか、なんでもないのになんでなんだろう、二人して秘密みたいな気持ちになって、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
彼氏の部屋でだらだらテレビを見ていると彼氏が私の手の甲をさする。いつものサイン。でも私は今日は少し違うのだよ。彼氏が私の胸に手をやるのを制して、今日は自分からニットをたくし上げながら、薄目で彼氏の顔を見る。先手必勝とばかりに「可愛いでしょ」と言おうとしたら「お、ブラ可愛いね」と出鼻くじかれて、「でも何よそのドヤ顔」なんかすっごく恥ずかしいし悔しい。顔熱い。胸に顔をうずめる彼に「可愛いでしょ」と念を押すように声を掛け、うなずく彼の髪の毛がくすぐったい。私は自分に言い聞かせるように「可愛いのだよ」とつぶやいた。ぶぐっと彼が笑う。なぜかいつかの店員さんが頭に浮かんだ。店員さんはピンクのブラをまとって笑っていた。私の中のピンクは丸く膨らんで、口から言葉となってぽろぽろあふれる。可愛い、可愛い。愛してる。