第231期 #2

クリスマスプレゼント

私の家の隣には、「鈴木静香クラシックバレエ教室」という名のバレエ教室がある。道に面した側はガラス張りになっていて、仕事から帰ってくる時間帯には、柔軟に体を折り曲げる小学生か中学生あたりの少女たちの様子がよく見えた。


顔を赤くして震える少女の背中をグイグイと押し、頭を伸ばした足に近づける先生、恐らく鈴木静香先生を始めて見た時には、昔話に登場する鬼や化け物に対する感情と同じものを先生に抱いた。それ以来、厚いガラスを隔ていても聞こえる先生の力強い手拍子に、何故か私も追い立てられているような気がして、ヘッドフォンの音量を一気に上げて、逃げるよう通りすぎるようになった。

クリスマスが近づいた頃、その教室ではどうやらクリスマス発表会に向けた練習をしているようだった。普段は白や薄ピンクのレオタードを着ている生徒たちが赤と緑のレースを折り重ねた華やかなチュチュで身を包んでいる。
イベントとは無縁な暮らしをしているせいか、思わず視線が引き寄せられてしまった。数ヶ月前までは真新しいトゥシューズを履き、子鹿の様な目をしていた少女たちが、一本の糸で吊られたようにピンと背筋を伸ばし、滑らかに踊っている。虹をかけたような曲線を描くジャンプが美しい。聞こえないはずの音楽が頭に流れるようだ。

気づくと私はかじかんだ手をもっと冷たいガラスに重ねて、踊りに見入り、漏れた吐息が幾度となくガラスを白く曇らせていた。伸びたトゥシューズの先が黒く汚れているのを見るとなぜか瞳の膜がじわりと熱くなる。

先生がぱちんと手を叩き、脳内の音楽が止まった。代わりに聞こえる町の雑踏に我に返る。冬の形容し難い雰囲気に飲まれ、感傷的になってしまったようだ。努めて何事もなかったように踵を返すと急に教室のドアが開いた。
静香先生が新品のトゥシューズを片手にこちらを見つめてくる。考えるより先に足が動き何故かそれを受け取ってしまった。

静香先生がサンタ帽子を被っていたからだろうか。



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