第23期 #27

ひまわり

ひまわりだ

海にはゴッホの

ひまわりだ

物凄い数で

皆が嬉しげ



 俺はなかなかの名作短歌を書き上げたなと男は思い、女にそれを読んで聞かせた。女は下着姿のまま男を見上げ、
「本当に良いわ。とても凄いわ」
 と言った。
「そうか」
「だからあなたの短歌を、私達はきっとすぐに忘れていってしまうね」
「ああ、そうだね。きっとそうだ」
 点け放しになっているテレビからは歓声が響いている。野球中継。真っ赤なソファに寝そべり、女はケーキを食べながら言う。
「今年のジャイ=アーンツは面白いねえ」
「本当だな。今年のジャイ=アーンツは凄く面白いな。馬鹿みたいに打つから本当に面白いな」
「ピッチャーまでもがホームランをガンガン打つから本当に面白いわ。ほら、また打った」
 ノイズ交じりの中継画面、その灰色の夜空へどんどんと吸い込まれていく白球の軌跡。今年のジャイ=アーンツは本当にホームランを良く打つ。ぱきいん。またホームラン。ぐあらごがきいん。またまたホームラン。がぎぎぎ、とノイズが一層酷くなる中、歓声と白球の軌跡だけは変わらずに鮮明だった。
「一気に四本も。凄いわねえ。もう六千本もホームランを打っているのね今年のジャイ=アーンツは。凄いわねえ本当に」
「勝つかな今日は」
「いや、負けるでしょうね。どれだけ打っても、結局負けるでしょう。ホームランを幾ら打っても、野球はホームランの数を競うゲームじゃないから」
「そうか」
「ピアノを弾いてよ。あなたはピアニストなんだから、折角タキシードなんて着てるんだからピアノを弾いてよ」
 女はそう言ってがたんと起き上がる。
「ピアノか。良いね。弾こう」
 二人は薄手のコートを羽織り、小屋を出て行った。
 小屋の外は砂漠である。静かな、とても静かな、見渡す限りの砂漠。
「見つかるかな」
「見つかるよきっと」
 二人は砂漠の中へと歩き始める。五時間ほど歩き回り、枯れたひまわりの群生地を踏み越えたその先、小さな砂丘の上に、二人はようやくピアノを見つける。
「やあ、これは良いピアノだ。これなら何でも弾けるぞ」
「嬉しい」
「何を弾く?」
「お熱いの!」
「ジャズだね」
「そうよ!」
 風がはためき、女のコートの裾を舞い上げる。惜しげも無く晒される女の美しい脚。男はゆっくりと鍵盤に手を添え、何を弾こうかを考える。
 二人の周りには徐々に観客が集まり始めている。皆がゴッホのひまわりを持っている。絵は水に濡れて、きらきらと光っている。



Copyright © 2004 るるるぶ☆どっぐちゃん / 編集: 短編