第23期 #26

商店街にて

駅前の商店街を仁と歩いていた雪は、急に小さな悲鳴を上げ、仁の腕に抱きついた。
「何だ?ゴキブリでも見付けたか?」
「そんないいもんじゃないわよ」雪の指は仁の丁度足元を指し示していた。
「見えないぞ?」
「いるわよ、すぐ足元に」
「足元?」眼鏡を直した仁は、漸く雪の悲鳴の原因を見付け出した。「そうか、ヤモリの死骸を見つけ…とまだ生きていたか」
仁の足元では、アスファルトと同じ鈍色の小さな爬虫類が、短い手足をねばねばと動かしていた。
「珍しいな、こんなところでヤモリを見るとは」少しだけ身を屈めた仁は、ポケットからカメラを取り出しはじめた。「それにしても雪はよく気付いたね」
「はじめは石ころだと思ったんだけど」雪も仁と並んで屈みこみ、ヤモリの観察を始めた。「よく見たら手足が動いていてさ」
「頭や尻尾を踏まれて、弱っているみたいだな」カメラのフラッシュを焚きながら、仁は応えた。「自転車に乗っている人なら、気付かずに踏んづけてしまうだろうな」
「ねえこれ、いきなりびゅっ、とかいって走り出したりしない?」
「それはないだろうな、大分弱っているみたいだし」仁は息も絶え絶えの様に見えるヤモリに向けて、もう一度フラッシュを焚いた。
「そうよね…と」腰を戻した雪は、後ろからエンジンの音が迫るのに気付いた。「後ろからバスが来るわ、脇によけないと」
「そうだな、写真も撮ったからそろそろ行くか」
仁はカメラをポケットに戻し、雪を守るように通りの脇へと寄った。そのまま駅に向かって進もうとした丁度その時、一発の爆発音が仁達を背後から突き飛ばした。
「何?パンク?」慌てて振り向いた雪が見たものは、何事もなく徐行を続ける小型バスの姿だった。直後、雪の視線を遮るように、仁が身を乗り出した。
「み、見ない方がいいぞ」仁は一瞬後ろを振り向いた後、雪の手を引き、駅へ向けて歩き始めた。「恐らく最悪の事態だ」
「最悪って…まさか」
「言うなよ、それ以上」雪が固唾を飲みこむのに気付いた仁は、大げさに胸を張りながら、駅の側のビルを指差した。「それより何か食べにいかないか?」
「そ、そうね、取り敢えず、なま物以外を頼むわね」雪はバスの通った跡から目を逸らしながら、笑顔を作ってみせた。


Copyright © 2004 Nishino Tatami / 編集: 短編