第23期 #11

コードレス

 タクミはコードレスと呼ばれていた。高校時代の同級生と名乗る男によれば、タクミは手のつけられない不良生徒で、誰にも従わなかったからコードレスになったらしい。また幼ななじみと名乗る男によれば、頭がプッツンしていて、誰にも理解できない行動を取るからコードレスになったらしい。さらに同じバイト仲間たちによれば、携帯電話も固定電話も持たず、連絡のつけようがないのでコードレスになったらしい。
 真相は誰も知らない。タクミは無口だったし、誰も本人に確かめようとはしなかったからだ。
 コードレス・タクミは、今日も私の店のデリバリー・バイクでピザを運んでいる。

 あるときたまたま休憩時間が重なって、私は彼に尋ねてみた。
「なあ、訊いていいか?」
 パイプ椅子に腰をずらして座っていたタクミは、額にかかった長髪の奥から、鋭い目つきで私を見上げた。とても二二歳とは思えない迫力で、床に投げ出した脚も無闇に長い。私は外堀から埋めていくことにした。
「……休みの日とか、何してんの?」
 タクミは答えなかった。ただ何かを考えるように、控え室の天井の隅をしばらくじっと睨み続けていた。沈黙に耐え切れず、私は調理場に戻ろうとした。そのときだ。タクミは、ふっと思い出したように言った。ぶっきらぼうな声で。
「子供たちと遊んでます」
「子供たちと遊んでる?」
 私は訊き返した。タクミが、休みの日に子供たちと遊んでる、だって?
「自分、親いないんで……。施設上がりなんで」
「そうなのか」
 私は絶句した。同情したからではない。こいつはどうやら筋金入りのワルだぞ、という先入観に捉われたからである。親もいない、友達もいない、周りの誰とも親しまない。もちろん店長である私にも、愛想ひとつ振りまいたことなどない。やはりね、と私は大いに納得する思いだった。
「いい子たちです。ただ親がいねえってだけです。でも、分かりますか?」
 何が。
「生まれながらに誰ともつながっていないってことが、どんなだか?」
 私は心配性の母親の顔と、無骨な父の顔とを思い出した。もう何年も会っていないが、彼らの顔は鮮明に思い出せた。私はまた絶句した。コードレスの本当の意味を悟って。タクミは再び長髪を垂らして顔を隠し、かすかに頭を振った。
 私はそんなタクミを、ただ見下ろすことしかできなかった。

 コードレス・タクミは、今日も私の店のデリバリー・バイクでピザを運んでいる。



Copyright © 2004 野郎海松 / 編集: 短編