第23期 #12
灰色の壁。青みを帯びた蛍光灯。白い冷蔵庫。薄汚れたパイプベッド。冷たいリノリウムの床に型の古いラジカセが置いてあり、ラジオは壊れているけれどCDなら聴くことができる。クラシックとビートルズが数枚、その周りに散らばっている。
高い位置の壁にシンプルで面白みのない時計が張り付いていて、コチコチと地味で耳障りな音を響かせている。僕は安っぽいベッドの上でだらりとしながら、クラシックかビートルズかを迷っていた。
鍵の掛かったドアの横で、女が壁を背にして座っている。数時間前、灰色の作業着を着た男がこの部屋に彼女を捨てていった。男はいつものその場所に彼女を置くと、すぐに出ていき、鍵を閉めた。僕と彼が言葉を交わすことはない。
時計の音を聴き続けることに飽きてきた頃、僕はベッドから降りて彼女に近寄っていった。彼女は壁にもたれたままで身動きをしない。虚ろなその目は瞬きをしない。小さく開いた口が呼吸をすることもない。青白い顔の下、細い首に赤い痕がついていた。
ふいに冷蔵庫が、ヴンッと思い出したかのように自己主張をする。冷蔵庫の上ではナイフと包丁が重なり合っていて、どちらも柄の部分が本来のものとは違う色に染まっている。
彼女の髪を撫でる。頬に触れる。顔を近づけ匂いを嗅ぐ。髪は滑らかで、頬は柔らかく、コロンだろうか、柑橘系のいい匂いがした。まだ腐敗臭はしていない。果物は腐りかけがうまいのだと、昔読んだ何かの雑誌にそう書いてあったのを思い出した。
冷蔵庫の中がもう空なのはわかっていたけれど、何とはなしにやる気を殺がれ、僕はまたベッドの上に戻った。仰向けに横たわり、天井を眺める。青白い蛍光灯の色に、そっと目を細めた。夢を見る。
壁を背に座っていた彼女がゆっくりと立ち上がり、静かに冷蔵庫のほうへと歩いていく。そこにあった二本の刃物を手にし、僕がいるベッドに近付いてくる。穏やかな表情の彼女。ベッドの前で立ち止まる。僕を見下ろし、柔らかな笑みを浮かべる。僕はしばらく彼女を見つめ返していたけれど、じきに飽きて、また天井を眺める。蛍光灯の光が網膜に焼き付く。目を瞑る。瞼の裏を、色が踊る。
彼女が僕の身体にナイフを突き立てる。手馴れた様子でナイフを操る。血がこぼれ、肌を濡らす。腕を、足を、首を、胸を、はらわたを。切り刻んでばらばらにして、それから彼女は僕の肉片を冷蔵庫の中に詰め込んでいく。そんな夢を見る。