第23期 #13

小説の書き方を目指して

 総武線の窓には夜のビルが流れていく。私は帰宅途中、込み合った列車内に独り立っている。すぐに騒音が気にならなくなり、知る人のいない世界で、幻灯機に映る眩い光のように、いつの日か私は面白い小説を書く。心はさきほどまでの仕事を離れ、今夜の予定も気にかけず、現在の自分自身とも関係なく、どうやって、どうにかして、と私は熱心に夢想する。
 私の小説のどこがいけないのだろう。創作直後は満足ばかりなのにしばらく時間をおくと不備ばかり目に付くようになるのはなぜだろう。
 小説のアイデアが全然思い付かなくて小説を書くことを忘れて日常に戻ってある日不意にまたひとつ歳を取ったことに気付いて愕然として激しい焦燥に襲われてどうしても小説が書きたくてそれでも何を書いていいかわからなくて七転八倒して他人の小説を読んで、こんな糞な奴がプロか、何とか新人賞かと絶叫して自分を励ましてウェブ上のシロウト作品を斜め読みして案の定つまらなくて、一安心してあなたの小説を拝読しました、非常につまらなかったです、とメールを出して、それでも自分が書けるようになるわけでなく、友人に電話して一緒に飲んで罵り合って、何度目かの絶交をして、縁遠い親戚に両親の悪口を手紙に書いて出して、両親にはあなたがたは親戚一同から嫌われてますねと電話して、それでも書けない、書けない、書けない!
 そんな苦しかった時期がまるでいじめられっ子だった少年時代の思い出のように遠ざかり、最高級のワインにも為し得ない高揚した気持ちの中で、書ける時は書ける、書ける。それは滅多にないけれどもそうであるだけにまるで多額の借金をして望み薄のダイアモンド鉱に1年くらい潜り込んで、暗闇の中で突然大型の原石を見付けた時のような歓喜が全身を貫く。
 今までおれを馬鹿にし続けてきた全人類への復讐が今度こそ実現するのだ!
 書き上げたところを読み返し、的確な描写、真実の会話、波打つ美女の黒髪のような文体に酔いしれる。天才! おれは天才だ!
 しかし翌日読み返すとなんだかちょっと変だ。いくつかの語句を直してみる。会話や描写を推敲する。でも良くなった感じはしない。どこが悪いのか分からない。さらに二週間後読み返す。言いたいことは分かる気もするがなんとなくつまらない感じもする。また少し直してみる。一ヶ月後。はっきりつまらない。どこを直すとかのレベルじゃない。全体が屑である。
 なんでかなあ。


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