第23期 #10
まるで舞を舞っているような感覚だった。
どれも一瞬のはずなのに、驚くほど鈍い動き。相手の振り上げた拳も、蹴り上げてくる踵も、俺には全て見えた。卑怯な喧嘩は好きじゃない。だけど、それは、相手にもよる。礼も儀も知らない。そんな奴らに尽くす道義などない。性根の腐った虫けらが、三人がかりで向かって来ようと、俺にとっては赤子の手を捻るも同然だった。
俺は容赦なく、相手を叩きのめした。手加減もせず、いっそ死んでもかまわないと思った。
初めて、あいつと会ったのは、校庭の芝生の上だった。人目を忍び、木陰で隠れるように昼寝をしていた俺を見て、あいつは微笑みながら言った。
「気持ち良さそうだね」
そう、あの時は、空がどこまでも高く蒼く、そして、とても心地の良い風が吹いていたんだ。俺は、その声で瞼を開けて、あいつを見た。
「僕も、隣に座っていい?」
俺は身体を起こして、何も言わずに、傍らへ目線を移し、座れと合図した。
それから毎日、あいつは、俺のいる場所へ通ってきた。
「友達、いねぇのかよ」
そんな俺の質問も、あいつは聞こえないフリをしていた。二人して、芝生に寝転がって、蒼い空を見上げていた。飽きもせず、俺たちはそこにいた。来る日も来る日も。たいした会話などなかった。ただ、同じ時間を共有する仲間がそこにいた。それだけで良かった。
あいつの「死」を知ったのは、それからまもなくだった。あいつがずっと誰かに怯えて、つかの間の休息を得るために、俺の元へ来ていたのだと、そのとき初めて知った。計画倒れになった建設途中のビルの足場から飛び降りたあいつの死骸は、三日間放置された挙げ句、カラスについばまれて、見るも無惨な姿だったという。
(なんで言わなかったんだよ、ばかやろー)
あいつの残した遺書めいた走り書きには、延々と俺への礼と謝罪の言葉が綴られていた。俺は、震える拳を握りしめ、唇を固く結んだ。
目の前で、ピクリとも動かなくなった虫けらたちを見て、俺は道端に唾を吐いた。
あの陽溜まりの中、温かくて、くすぐったくて、目を合わせたら、思わず笑ってしまいたくなるような、ささやかな時間は、もうどこにもない。
今の俺にできるのは、俺のやり方で、あいつを弔うこと。そして、自分も含めた世の中の虫けらたちに教えてやることだ。
自分の無力さを知ることが、いかに屈辱的なことか、と―――――。