第23期 #9

マニュアルどおりではない、ちょっといい接客

「大きいのしかないんだけど」
 男は缶チューハイと一万円札をレジに置いた。
「へいきですよ」
 レジの女は微笑んで、九千円と小銭を男に渡した。
 男は与えられたテーマにしたがって、コンビニエンスストアの調査を進めていた。
 次の夜も、同じ店を訪れた。同じ女がレジにいた。
「わるいね、また大きいのしかなくて」
「へいきですよ」
 女は笑顔で一万円札を受け取り、つり銭を男に返した。
 男は家に帰り、チューハイを飲んだ。布団に入ると雨が降りだした。
 「へいきですよ」は、マニュアルどおりなのだろうか。男は女の笑顔を思い浮かべた。布団の中で女の笑顔を思い浮かべるなんて、ずいぶん久しぶりだった。雨粒が、ときおり激しく窓を叩いた。
 次の夜、男はレジの女を横目で見ながらコピー機の前に立った。真新しいカラーコピー機だった。男はレインコートの前をひろげ、コピーをとった。
「こんなに大きいのしかないんだけど」
 男は女にコピーを渡した。女は制服のポケットから巻尺を取り出し、サイズをはかった。
「もっと大きいのでもへいきですよ」
 女はいつもどおりの笑顔でこたえた。
 男は家に帰り、調査表を仕上げた。布団に入り、女の笑顔を思い浮かべると、胸が痛んだ。夜明け前に、ようやく雨が上がった。
 次の夜も、自然と足はその店に向いた。女はレジにいなかった。
 缶チューハイをレジに置き、男は声をかけた。奥の倉庫に、人の気配がした。
「失礼しました」
 女が出てきてレジを操作した。男は147円を手渡し、思いきって告白した。
「じつは昨日のあれ、拡大コピーだったんだ」
「少々お待ちください」
 女は軽く頭を下げると奥の倉庫に向かって言った。
「おとうさん、昨日のあれ、拡大コピーだったんだって」
 すると奥から老人が出てきて男にたずねた。
「倍率は何パーセントだったんですか」
「150パーセント」
 男がこたえると、老人は奥へ向かって声を張り上げた。
「ばあさん、昨日のあれ、倍率150パーセントの拡大コピーだったんだってさ」
 すると奥から老婆が出てきて、なあんだ、とつまらなさそうに言った。



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