第225期 #8
「おい、君は探偵ごっこでもしているつもりか?」
ずっと後を付けてくる子どもの腕を掴んで、私はそう問いただした。
「あたしは、自分の父さんを探してるだけよ!」
そう言うと子どもは、ポケットから一枚の写真を出して私に見せた。
「ほらこの写真の人、あんたにそっくりでしょ?」
確かに、顔や背格好は似ていたが、写真の中の人物は自分の知らないコートを着ていた。
念のために母親の名前を確認したが、まったく身に覚えがなかった。
「悪いけど、この人は私じゃないし、私は君の父さんじゃないよ」
そう言って立ち去ろうとすると、今度は子どもが私の腕を掴んだ。
「母さんは、あんたと夢の中で出会って、それであたしを夢の中で産んだの」
私は住む家がないので、今はもう使われていない地下鉄の駅をねぐらにしていたのだが、結局、さっきの子どもも私のねぐらまで付いてきてしまった。
「帰る家がないならここに居てもいいが、私は君の夢や父親とは関係ないからな」
私がそう言うと、子どもは不満そうに口を尖らせながら、小さな明かりに照らされた地下鉄の暗い駅を見渡した。
「あんたは頼りない父さんだけど、ここは静かで悪くない場所ね」
子どもは、私のねぐらにすっかり居着いてしまったが、特に迷惑をかけることもなかったので放っておいた。
「一つ分からないことがあるのだけど、君が夢の中で産まれたのなら、なぜ夢の中じゃなくて今ここにいるんだ?」
私は夕飯を食べたあと、地下鉄のベンチに寝転がりながらそう子どもに話しかけた。
「あたしは、夢の中では母さんと暮らしていて学校にも通ってるのだけど、目が覚めているときは、親も、家もないの」
子どもの話は、とりとめのない空想にしか思えなかったが、誰にだって好きなことを空想する自由ぐらいはあるだろう。……そんなことを考えていると、薄暗い地下鉄の廃駅に、音もなく突然電車が入ってきた。
駅で停車すると、まぶしい明かりに照らされた車内から一人の女性が出てきた。
「さあ二人とも、早く家に帰りましょう」
私たちは、その電車に乗って家に帰り、家族三人で暮らした。
子どもは学校に通い、女性と私は共働きをしながら子どもを育てた。
「時々、これが私の本当の人生なのか、それとも夢なのか分からなくなるんだよ」
食卓を囲みながら三人で食事をしているとき、私がそう言うと、子どもと女性はくすくすと笑う。
「父さんの空想好きは、いつものことだから」