第222期 #8

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 私の目の前に坊主がいる。
 坊主はお経を唱えており、木魚の小気味の良い音もしていた。
 坊主の後ろには少数の参列者が座っている。
 昔の知り合い達だ。もう何十年も会っていないが、皆相応に老けている。加齢を考慮するとこんな顔になるらしい。
 私の人生は、万事控え目を常としてきた。積極的より消極的。そうすれば面倒事に巻き込まれることも少ない。
 そして、忠実にそれを実行した結果、私には妻も子もいなかった。
 振り向くと、遺影と白木の棺桶があり、そこに私の亡骸が眠っていた。
 特に遺影は、人生最後の写真なのだから、納得がいくまで何度も撮り直した。係の人には少し申し訳ないことをしたと思っている。
 葬儀は粛々と進んでいく。読経が終わり、ご焼香となる。
 やがて全てが終わり、出棺となった。付き添ってくれるのは、私の一番の友人だった男と、父に母、兄や姉である。
 皆、とうに死んでしまった人々だ。だが、どうせなら彼等に私を見送って欲しかった。本来なら有り得ない光景なのだが、つい、涙ぐみそうになってしまった。
 もう充分だった。これで充分だった。
「もう結構です。ありがとうございます」
 担当者にそう告げると、急に目の前が真っ暗になった。頭につけていた機械が丁寧に外されると、担当者の青年が私を見ていた。
「如何でしたでしょうか?」
「これでお願いします」
「承知しました。では、中村様がお亡くなりになり次第、私共に通知が来ますので、こちらのプログラムをコンピュータ内で起動させて頂きます」
 担当者は安堵した様子で、契約書の準備などを始めた。
 患っている病気のことを考えても、あと一、二年で私は死ぬだろう。だが、最早天涯孤独となった私には葬儀をあげてくれる者もいない。だから、このサービスを利用することにしたのだ。
 私の考えた理想の葬式。データの参列者。プログラムに過ぎないと言えばそれまでだが、本物の葬式も、死んだ人間自身には確認のしようがないのだから、架空も本物も大して変わりがない。
 私は自分の人生に後悔はしていない。ただ、葬式もないのでは流石に寂しい。そう思っただけだ。
 人間そんなものである。だから、こんな商売が成り立つのだ。
 電子の世界で行われる葬式。御仏の無辺の慈悲は、プログラムの儀式でさえも、きっと私を成仏させてくれるだろう。
 南無阿弥陀仏。
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