第222期 #7
ある春の日、ぼくは彼女と出会う。新年度に入り、新生活に胸を躍らせる季節。学校へ向かう坂道の途中で、彼女はぼくと出会い、恋に落ちる。
彼女はぼくと同じ授業をとり、同じ部に入る。学校の廊下で、通学の途中で、幾度となく彼女と出会う。彼女はそのたびに偶然だと言い張るが、ぼくの生活時間を調べあげていることはわかっている。彼女は努力してぼくを獲得し、恋の勝者となった。
そして、ぼくはすぐさま、彼女と別れた。
彼女に会わない数日を使い、自分の外見を変える。少し伸ばしていた髪を短く切り、シャツの袖を短くして腕の筋肉を見せ、持ち慣れていたショルダーバッグを手放してデイパックを背負い、クロスバイクに乗る。
出会いは印象的に。例えば、秋学期初めの朝一番の講義直前の晴天の下。日傘を差して歩く彼女を自転車で追い越し、彼女から見える駐輪場に自転車を置き、すれ違う際に彼女が落とすハンカチ(必ず落とす)を拾い、声をかけて手渡す。笑顔で。爽やかに。白い歯を見せて。
やっと手に入れた恋を失い気落ちしている彼女は、次の恋を探している。だから、ぼくはただ餌になる。以前の男に似た風貌で、印象が異なる人物。
かれなら、と彼女は思う。必ず、思う。なぜなら。
それが彼女の生きがいだから。慕わしい相手に恋に落ち、恋をかなえるために全力で努力し、恋が成就するまでの感情の昂ぶりをきめ細やかに愛でること。
相手が誰でも、胸の高鳴りは彼女自身のものだ。彼女は自身の行動を通してその気持ちをただ楽しめばいい。
でも、ぼくは彼女でないと駄目だ。恋多き彼女。恋が成就した途端に情が冷めてしまう彼女。
だから、ぼくはまた彼女と出会う。幾度も。手を替え品を替え。季節を違え場所を違え。ぼく自身の印象も変容させて。
彼女は毎回ぼくに恋に落ちる。毎回全力でアプローチしてくれる。恋が成就する寸前のときめきと戸惑いをすべて伝えてくれる。
彼女との恋は成就すれば終わりだ。ぼくは大急ぎで別れの場を用意する。理由はなんでもいい。他に好きな人ができた。仕事が忙しくなった。実は許嫁がいる。海外へ移住する。
涙にくれる彼女に、ぼくは背を向ける。そして次の出会いを大急ぎで練る。気づかれないように。大げさにならないように。でも印象的に。
少しずつ年齢を重ねながら、彼女は幾度もぼくと恋に落ちる。
今日もぼくは初めて彼女に出会う。その瞬間にぼくは彼女と恋に落ちる。