第22期 #8

遮断機越しに

 踏切は警笛を鳴らし続けていた。少年と老婆と、そして自転車に乗ったセーラー服の高校生が、向こう岸で遮断機が開くのを待っていた。
 開かずの踏切という異名は、昔も今も変わることなくこの地に息づいているらしかった。そのおかげで、待つことに怒りや苛立ちを覚えるものは誰一人としてなかった。
 轟音を響かせて電車が右から左へ行き過ぎていった。遮断機越しに視界がぼやけて見え、瞬きをすると元の景色が蘇った。
 遮断機はまだ開かなかった。警笛は単調な音を辺りに撒き散らし続けていた。
 のっぺりとした灰色の空に、やけに黒いカラスが一羽飛翔してかあと頓狂な声を出した。
 轟音を響かせて今度は左から右へと電車が行き過ぎた。遮断機越しに視界がぼやけて見え、瞬きをするまで元の景色が蘇ることはなかった。
 遮断機はまだ開かない。踏切の向こうで、少年と老婆と、そして自転車に乗ったセーラー服の高校生が、さっきと変わらぬ様子で警笛が止むのを待っていた。
 腕時計を見た。もうすぐ3時だ。そういえば少し腹が減っているような気がした。
 轟音を響かせて電車が行き過ぎた。今度は腕時計に目をやっていたせいで、ぼやけた景色を見ることはなかった。
 警笛が止んで、遮断機がゆるゆると上がった。
 自転車に乗ったセーラー服の高校生と、老婆と少年とすれ違い、線路をわたり終えるとまた背中で警笛が鳴り始めた。
 ふと何かを忘れてきたような気がして背後を振り返った。
 自転車に乗ったセーラー服の高校生も、老婆も少年ももうそこにはいなかった。
 轟音を響かせて電車が行き過ぎていった。遮断機越しにぼやけて見える景色を、今度は瞬きもしないで眺めていた。
 呆然と立ち尽くしていると、ぽんと肩をたたくものがいた。
 「久しぶりじゃないか。よく戻ってきたね」
 「うん、悪かったね。ずっと忙しかったんだよ」
 「この道を真っ直ぐにお行き。お前の好きだったパン屋さんがまた店を出しているよ」
 「ありがとう。姉ちゃんも元気してるの?」
 「元気だよ。でもさっき買い物に出かけてしまったけれど」
 少年は心配そうな老婆には脇目も振らず、、パン屋のあるらしい方角へ向かって勢いよく走り出した。
 カラスが電柱のてっぺんに留まって、それきりぴくりとも動かなかった。
 踏切はなおも警笛を鳴らし続けていた。遮断機越しに、向こう岸の風景がいつまでもぼやけて見えた。



Copyright © 2004 戸田一樹 / 編集: 短編