第22期 #7
「のりをください」
「たべるほうですか」
「貼るほうです」
男は倉庫へ行き、眠っていた巨人を運び出した。
重労働であった。朝から始めて、たっぷり夕方までかかった。
疲れもあったが、充足感がまさった。
まだまだ俺もやれるもんだ。男はまばらになった前髪をていねいに後ろへ撫でつけた。
「おまちどうさま」
女はタイムカードを押す手をとめて、巨人を見上げた。身長二メートル、なにより隆起した筋肉がまぶしかった。倉庫から出す前に、男はワセリンを塗りつけておいたのだった。
「いえ、わたしは『貼るほうです』と言ったのです」
事務室の小さな窓から夕日が差し込み、女の横顔に暗い影を落としていた。
「鮫島さんは、いつもそうなんだよ」と言って、男はハルクホーガンを事務机に立てかけた。「自分が常に正しいって思い込んじゃうんだよ。少しはさ、自分の言い方がおかしかったんじゃないか、とか、曖昧な発音だったかもしれない、とか、疑ってみるべきだよ」
女はタイムカードを押した。ああ、五分過ぎちゃった、と呟いた。巨人はうつろな視線を二人に向け、爪の甘皮をいじっていた。