第22期 #14

ぼくのビンラディン

「ビンラディンは英雄だ。彼は声なき者たちの代弁者だ。イラク戦争で民間人が一万人死んで、それをマスコミが仕方ないと言う。すべてはでぶっちょアメリカ人を守るためさ。遺伝子操作されたトウモロコシを食ってメタンガスを吐く牛が同族の脳みそを食って死んだ、その死骸に群がるアメリカ人ども、それが誰も批判できない聖域の正体さ。プリオンの輪廻のために消費される石油。ニューヨークで死んだ人たちは幸せだねえ。愛されているよねえ。何度も思い返され、その度に美化され、たとえようもなくかけがえのない脂肪の塊のシンボルとしてぶくぶくと太り続けるんだねえ。ああ、世界は滅びるだろう。ボクたちが手をつかねてる間に苦しみぬいて死ぬるだろう。一瞬のきらめき、アメリカの空爆で夜空に広がった赤の橙の黄の美しい光の渦巻きのブラウン管の液晶のプラズマの画面を彩ったそれはほんの一瞬だった。そのほかのすべては隠されているんだ。国旗に包まれ帰還した棺も人質の喉に突き立てられたナイフもテレビでは放映されてこなかったんだ。貪欲がすべてを打ち負かした。理性も慈愛も火に焼かれるような激しい欲望に打ち破られ屈服させられてすでに長い年月が過ぎた。自ら目を閉じ耳を塞ぎ暗いくらい闇の中へ落ち込んでいく感覚を失った無数の人々の群れにはどんな言葉も無力だった。どんな訴えも通じなかった。ただ独り、ビンラディンだけが『見よ』と言ったのだ。彼のみが、ボクたちに自分を映す鏡を指し示したのだ。見よ、これを見よ。これがおまえたちだ。これがおまえたちの脂肪だ。石油利権を精製し煮詰めたどろりどろりの臭気漂うそれを大口を開けて喉の奥まで火傷を負いつつ腹がはちきれるまで飲み込み続ける醜悪な餓鬼たちの群れだ、と。君がボクを好きだと言ってくれたのは嬉しいよ。でも、その前にはっきりさせなきゃならないことがある。ボクは反米抵抗勢力なのだ。この欺瞞世界を許すことができないのだ。だからまず答えてくれ。君はボクの側か。それとも、あちら側の人間なのか」
 窓の外には夕日差すグラウンドでボールを蹴る中学生たちが見えた。同じクラスの香織に呼び出された僕は、誰もいない教室で、彼女の話を黙って最後まで聞いた。リボンで結んだ髪がセーラー服の胸元に垂れていた。柔らかそうな唇にちらりちらり目をやって、僕はそっとささやいた。
「冗談なんだろ?」
「バカ!」
 怒った顔の香織は、とてもきれいだった。



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