第22期 #11
支柱を交互に避けながら、思い出す。
天井から滴る水を見続けていた。コンクリのどこから滲み出ているのか子供には判らない。ただ、垂直な遮蔽物であると知らず、喩えるならブロック屏の風穴にあそぶ子蟻のように、大きなカゴに匿われた気でいた。ときおり頭上を通過する轟音に身構える。近接する一戸建のガラスが大袈裟に震え、通り過ぎる。あの児童公園で何をして遊んでいたか思い出せない――
現在、かつての暗さが跡形もないのは支柱をさらに高く伸ばした所為であり、それを植物の成長になぞらえれば、僕もまた屏の全体を視野に収められる程度には丈が伸び、音と振動に怯えることも無くなった。ときどき僕は階段を駆け上り、息を切らせつつ辺りを見渡す。かなたの連山が眺望を遮っている。連山から流れ出す河川は平野の只中で堰止められ、永いこと澱んだままでいる。そこから発するにおいは退化した嗅覚に届かない。幾重にも取り囲まれた土地にすこしの息苦しさを覚えながら、誰もが呼吸している。
カーキ色の作業服をまとい、階段を下りる。屏はさらに金網で囲われているが、乗り越え、群生した背丈ほどのススキを刈りとるのが課せられた仕事である。本当の屏であれば飛び越えていくことも容易かろうけど、十数メートルの支柱に底上げされた屏はもはや壁であり、そのじつ壁の役割すら果たしていない。柱の間をすり抜けていけるなら、何を目的に建てられたのか解らなくなる。いや、眺望を遮り、往来を妨げるために建てられた訳でもなかった。おそらくは自分の勘違いに過ぎない。だから早起きして支柱の間から差し込む日光に眼が眩んだとき、その向こう側へ行こうか、あるいは飛び越える手段を真剣に考えようかと思った。
久方ぶりで列車に乗り、揺れが少ないことと静けさに感嘆した。屏は徐々に高度を下げ、街並に埋もれていく。一瞬、寂しさに似た想いに気付く。やがて郊外の開けた処にぽつんと現れるプラットホームと踏切。
車掌に声をかけて降りる。ここにもまだススキが疎らに生えている。左右どちらからも来ないことを確かめ、大した意味もなく、助走をつけて単線を飛び越えた。
なんだっけ――何もなかったんだっけ。
心配することなんて無かった。
小さな駅から、来た方角を望む。