第22期 #10
黒く重たい、冷蔵庫のなかで固まりかけた蜂蜜のようにもったりしたものに、のしかかられている夢をみた。それが夢であることがわかっていながら私は、目覚めることも体を動かすこともできずに、ただ、じわりじわりと重さをましてゆくその黒いものを感じていた。
重たい。けれど苦しくはない。
うごかない腕を持ちあげたかった。恋人を抱くように、その黒いものを抱きしめたかった。
そうだ。この重みは、恋人の体の重みにとてもよく似ている。情事のあと、脱力した男が体重をあずけてくるときの、重い、とおしのけるふりをしながら、もうすこしこのままでいてほしい、と思うときの重みだ。
目は開いていないのに私にはのしかかってきているものが見えた、それはおおきな口をあけて私を呑みこもうとしていた。いや、口ではないかもしれない、それは広がって私を包みこんでゆこうとしていた。これは夢ではないのかもしれない。私はこのままこれに呑みこまれて消えてしまおうとしているのかもしれない。
そう思った瞬間に目がさめてしまった。目を開けるよりさきに重みは遠のき、けれどのしかかられていた感触のなごりがまだかすかに、胸と腹のうえにわだかまっていた。
ゆっくりと体を起こす。身じろぐたびに、体が覚えている夢の感触がつぎつぎに空気に溶けて消えてゆく。動かないでじっとベッドに横たわったままでいれば、それをずっと感じていられるのかもしれないけれど、起きないわけにはゆかない。
よく見る夢、いや、見るというのは正確ではない、視覚ではなく触覚に訴えてくる夢だ。水よりもずっと重い、黒い色のなにかをたたえた水槽に沈んでゆく感触を天地いれかえたように、ゆっくりとその黒いものは私にのしかかってくる。
このまま起きないでいられたら、最後にはどうなるのだろう。顔も体も呑まれたらどうなるのだろう。けれど、いつもからだが半ば呑みこまれたところで目が覚めてしまう、完全にそれに包まれたことはない。
起きないでいたいと願うことは間違っているだろうか。私は異常なのだろうか。恋人を望むようにその黒いものを望むことは間違っているのだろうか。
起きあがり、ベッドのはじに腰かけたままで、すこし汗ばんだ肌のうえから立ちのぼるように消えゆこうとしている感触を追いかけようと願い、けれど手をのばすこともできずにいる私の思いを断ち切るように、朝の光より軽やかに、そのときノックの音がした。