第219期 #2

お先に失礼します。

 目の前に腹を空かした犬がいるので桃太郎がきびだんごをやると恩を返したいと言ってついてきた。しばらく行くと猿が倒れていたので桃太郎はそれを起こして目をじっと見た。ぐぅーと猿のお腹のなる音が聞こえて桃太郎は口を開いた。
「俺のために時間と未来を使うと約束するなら、くれてやろうか、きびだんご」
 猿は弱く頷いた。
 歩いていると雉が鳴いていた。雉の鳴き声は美しかったが、しばらく見続けていると疲れたのか桃太郎にこう言った。
「歌聞いたでしょう。歌。食べ物ください」
 桃太郎と犬猿は顔を見合わせて驚いた顔をした。
「いや、決して頼んだわけではないし、歌が勝手に流れてきた」
 雉は空腹で吐きそうになりながら
「そんな都合のいい話はないでしょう。分かりました。あなたについて歌を歌い続けます。だからきびだんごをください」
「ついてきてくれるのは嬉しいが、歌は不要だ。たとえばその嘴で鬼の目を突くといった活躍を俺はお前に期待する」
 雉はかつては恋人の毛繕いをしたその嘴を武器として使うことを思って涙した。ところでこの物語は私の手になるものだが、その私とはいったい誰だかお分かりか。

 私は健吾だ。桃太郎の家の二軒先に住んでいて、小さいころたまに彼と遊んでいた。彼が鬼退治に出かける日、私は家の前でじっと座っていた。それ以外にすることがなかった。
「やあ健吾」
「やあ桃太郎」
「腹が減ってるのか」
「そうだね」
「きびだんごをやろうか」
「いいのか」
「その代わりお前は何か俺にしてくれるのか」
「いや、何もできることは無い。時間はあるから、君について行くことはできるよ」
「それでいいか。健吾は友だちだからな」

 それ以来彼らの旅に同行しているが、彼らが鬼ヶ島の場所を突き止めたり、船を作ったり、鬼と戦ったりしているときも私はずっとじっとしていた。次第に仲間たちは露骨に「あいつは何なんですか」と桃太郎に言うようになった。桃太郎は「あいつは健吾だ。俺の友だちだ」と返したが、今や友情以上の絆で結ばれている彼らの間に響く友だちという言葉の幼稚さに、桃太郎は思わず自分で笑ってしまった。犬猿雉もどっと笑った。

 そんな私は桃太郎の指示で彼らの英雄譚を日々綴っている。が、あまり桃太郎の意にそぐわず、筆も遅いため、とうに彼は物語の外注をしたと聞いた。それでも筆を止めない理由を問おうとする頭を叩くようにチャイムが鳴って、今日も定時だ。お先に失礼します。



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