第21期 #25

坊主

 ヘルメットの隙間から入る風が頭を撫でる。それがくすぐったくて、聡はペダルをこぐ足を止め、自転車を惰性で走らせた。片手でヘルメットをずらしてはみるものの、やはり違和感は残る。
 聡が坊主頭にしたのは昨日のことだった。野球部なわけではないし、反省することがあったわけでもない。ただなんとなく、自分には合っているような気がして、ラクでよさそうにも思え、坊主頭にしてみた。妹には笑われたけれど、そう悪くないなと自分では思っていた。床屋のおばちゃんには、頭のかたちがいいからかっこいいよ、とも言われたのだ。
 しかし、いきなり坊主にしてみんながどう思うかと考えると、聡はちょっと不安になった。スポーツもやらないのに坊主だなんて、なかなかいない。スポーツどころか自分は書道部だ。けど、ある意味でそれは、書道部にふさわしい頭だと言えなくもない。坊主頭で墨を磨るなんて、なかなかさまになっている。
 聡はペダルにかけた足をゆっくりと回しはじめた。ハンドルをしっかりと両手でつかみ、頭のくすぐったさを振り払うように、スピードを上げる。なんとなく、いつもより自転車が軽く思えた。

 パンをまだ飲み込まないうちに「ごちそうさま」と言って、秋仁はすぐに洗面所へと向かった。鏡に映るその丸い頭があらためて不思議に思えて、鏡で確認しながら頭を撫でてみた。確かにきれいな坊主になっている。
 秋仁はさらさらの髪が自慢だった。私立の男子校を選んだのも、長髪が許されているからだった。男子校で長髪をなびかせても空しいと今頃になって気付いたけれど、小学六年のときそんなことにはまったく思いが至らなかった。
 けど、別に坊主にするつもりなんてなかった。朝子が急に「坊主がいい」なんて言い出すからだ。あの甘えた声で言われてはしょうがない。
 いつものクセで棚にあるムースについ手を伸ばしてしまい、秋仁は苦笑する。もう、スタイリングなんて何もいらないのだ。そのぶん、五分ほど遅く起きてもいいのだということに気付いて、秋仁は嬉しくなった。
 玄関のチャイムが鳴って、それから母の声が聞こえてきた。
「秋仁ー、聡くん来たわよー」
 秋仁は急いで準備をし、ヘルメットを手にして立ち止まる。迷った挙句、とりあえずヘルメットで坊主頭を隠すことにした。いきなりびっくりさせることもない。
「いってきまーす」
 いつもよりちょっとだけ元気な声でそう言って、秋仁は玄関に向かった。



Copyright © 2004 川島ケイ / 編集: 短編