第21期 #19

オープンカーも音楽も、そして花束も

 初夏の朝六時、線路の上を歩く。
 鉄錆色の線路と妙に鋭角なフォルムで空へ伸びていく夏草たちを、朝の光が照らしている。全てが終わってしまった後のような、夏の朝のいつものあの、どうしようも無い、といった感じの景色である。
 しかし他はどうだったろうか。どうにかしようがあったのだろうか。朝の十時とかだけならなんかふわふわとした日の光に、どうにかしようがあるような気がしたこともあるけれど、どうにかなったことなどあっただろうか。解らない。もしかしたらいつのまにかくるくると、どうにかなってきたのかもしれない。
 子供の頃から絵ばかりを描いてきた少年は画家になった。多分あと三十枚ほど絵を描いて彼は自殺してしまうだろう。あたしはさっき彼を見てきたから解るのだ。彼のアトリエでヌードモデルとして、六人の女たちとともに詩を朗読してきたのだ。詩集が三冊渡された。あたしたちは裸のまま、それを三回ずつ読んだ。画家はあたしたちを殆ど見ないまま筆を動かし続けていた。
 ドアを開ければオープンカーと音楽。そして花束。あたしは選ばなければ。選ばなければならない。選ばなければならないのだ。ああしかしどうしよう。どうしても選ばなければならないのだろうか。選ぶのでは無く、創るという選択肢は無いのだろうか。あたしは鉄の棒を拾い上げ、それを工具に差込みくるくると回して、ネジ山を切った。からからと音を立てて鉄クズは鉄サビ色の線路へと落ちていく。たった一本を切るだけなのに、ひどく時間がかかってしまった。驚くほど時間がかかってしまった。画家はもう六十枚も絵を描いている。六十一枚目の絵を、描き始めている。がたがたと音を立てながら始発電車が目の前に迫っているのが見えた。あたしは二本目のネジにとりかかる。今度はさきほどよりはだいぶ早く切り終えることが出来た。始発電車は朝靄を切り裂き、線路中に置かれた絵をばらばらに粉砕しながら通り過ぎて行き、あたしは、ああ、朝が終わるのだ、と感じる。朝が終わるというのに「全てが終わる」とそれが同義では無いのは何故なのだろうかという疑問をふと覚える。
 乗客達が手を振っているのが見えた。花束はネジが数本混じり、持ち上げるがちゃがちゃと鳴った。あたしはこの花束を画家に渡そうと思い、絵の欠片がばらまかれ、どうしようも無い、どうしようも無い、ああ、どうしようも無いのだ、と感じさせるこの美しい線路の上を歩く。



Copyright © 2004 るるるぶ☆どっぐちゃん / 編集: 短編