第21期 #16
病院で、「これからもずっと空からアナタを見守っていますからね」と、三十年来の恋人であるところの早苗さんはさも悲しげに僕に言った。
早苗さんに空から監視されているだなんて、実のところ堪えられそうもない。出来るだけ早くこの病院を後にして、姿をくらますことにした。
まだ若い僕の母親に連れられて、駅で凄い人ごみの中に紛れ込んだ後すぐ、都合のいいことに棺桶のような小さな部屋に閉じ込められた。しばらくここに隠れていれば、お空におわす早苗さんの目もここまではとどかないんじゃないかななんて思いながらも、とりあえずはヒマにまかせて、いろいろと想いを巡らせる。
早苗さんと出会ったのは三十年前のこんな春の日で、僕等は恋に落ちたわけだけれども、それは実を結ばぬ恋だったわけで。結局は心中することとあいなった。でも僕には本当に心中なんてするつもりはなかったのだけれど、二人して峠の崖っぷちまで来て、いまさらそんな事は言えやしないわけで、そうなっちまった。
しかも、実は早苗さんはあのときに一命をとりとめてしまって、実際に死んでしまったのは僕だけ、だからこうして僕は早苗さんよりも早く輪廻して転生してしまったわけなのであります。
さてと、そろそろ外の空気が吸いたいな、駅員さんはまだ来ないかな。しかし駅員さんも驚くだろうな、こんな新生児がコインロッカーに棄てられているなんて。