第21期 #17
アパートに囲まれたせまい路地には陽が射さない。
十歳くらいの女の子がひとりいて、縄跳びをしている。
薄い鉄板の階段を踏むと、堅い音が路地に響き、縄跳びの縄が地面を叩く音と呼応する。
僕のノックに応えて開いたアパートのドアの隙間から、彼女の顔が覗く。
僕は自分のなかに沸きあがる喜びと安堵の気持を隠すことができない。
彼女は僕に驚いて、それから息を吸い込んで、少し俯いて、そして悲しげに微笑んで、再び顔を上げて、もう一度、微笑みなおしてから「お茶でも入れるわ」といって、ドアと柱を結びつけているチェーンをはずす。
路地では縄跳びが空を切り、正確なリズムを刻んでいる。
「探した」
と僕はいう。
随分と、探した。
逃げるから、追いかけるのか。
追いかけるから、逃げるのか。
引っ越して間もない部屋には、ほとんど何もない。
建物と建物のあいだの隙間からやって来る陽の光が窓から射し込み、畳に置かれた小さなテーブルを照らして、深い碧色のガラスでできたグラスが、不思議な模様の影を落としている。
そういえば彼と出会ったのもこんな部屋だった。
そういえば彼と出会ったのもこんな部屋だった。
スナップ写真のように停止した記憶は人をこんなにも縛りつけるのか。
もはや更新されることのない思い出に彼女はまだ……、いや、更新されないからこそ、あらゆるものが固定され、そこから逃れられなくなる。おまえは誰だ。
僕がテーブルの上の碧色のグラスがつくる不思議な模様を眺めていると、彼女も気がついて、言った。
「どうしてみんな死んでしまうのかしら」
僕は窓を開ける。
縄飛びの音が聞こえる。
僕が目を向けると、女の子は二重飛びを始め、縄が空を切る音が激しくなる。
小さな鍋の湯が沸いて、彼女はティーポットにそそぎ始めた。
「ねえ、わたしが……」
女の子が縄に躓いて、リズムが止んだ。
誰かがまた、薄い鉄板の階段を踏んでいる。
「また、逃げたとして……また、見つけてくれる?」
たとえば明日、彼女が死んだとしたら、どうなるのだろう。
たとえば明日、僕が死んだとしたら、どうだろう。
「ああ」
と僕は言う。
「見つけるさ」
たとえば明日……。
運命からは誰も、逃れられない。
彼女は流しに、余った湯を捨て、その行方をじっと見つめている。
湯気が立ち上る。
「ごめんなさい」
彼女はそう言って、顔を両手で覆う。
また女の子が路地で縄跳びを始める。