第21期 #14
朝日を浴びながら、カオリは帰路につく。始発に乗って二駅。仕事柄、アルコールが入っていることが多いこともあって、上京した当時は寝過ごすことが多かった。
店の常連に小説家がいる。カオリが入店間もないころ、その小説家と「列車のなかで何をしているか」という話になったことがある。
「ぼくは、くつをみている」
彼は言った。「くつをみれば、なんでもわかる」
「じゃあ、あたしのくつもみてくださいよ」カオリは靴を脱いで裸足になった。
「ははは、わざわざはだかにならなくても。一杯、つくってくれるかい」
「同じのでいいですか」
「いや、みずわりにしようか」
小説家は靴をみる、というよりもカオリの足をみていた。
「きみのくつ、とんがってるね。とんがりぐつだ」
「流行ってるんです、ポインテッド・トゥっていうんですよ」
カオリはグラスに氷をいれながら喋った。
「ふうん。いたくないかい」
「実はちょっと、痛いんです」カオリは笑っていった。
「くちべにのいろとおんなじ、えんじいろだ」小説家はカオリの唇を眺めながらグラスに手をつけた。
カオリは脱いだ靴に足をいれた。
「臙脂色っていうんですか、知らなかった」
「うん。べにばなをね、なんかいもなんかいもそめぬいてつくるんだ。ごくじょうのいろだよ」
「それで、あたしのことわかりました?」
「ああ。すなおで、だいたん。おもいこんだらいっちょくせん。それできみ、こっちのせいかつは、なれたかい」
「あ、はい。あ・・・・・・」
どうしてわかるんだろう、とカオリは思った。
「きょうはちょっと、よっぱらったよ。たまには濃いみずわりもいいね。またくるよ」
今ではカオリは寝過ごさない。客の靴をみるようにしている。靴に隠されたその人の表情を発見する楽しみをおぼえた。
(おじさんの靴、あれは合皮ね。でもよく磨いてある。擦り減っているけれど補強されてる、ちゃんとした人ね)
(あの男の子の靴、泥を落とせばいいんだけどなあ)
(この娘の臙脂色、服装と合ってないな・・・・・・あ)
小説家が久しぶりに店にきたある日、カオリはきいた。
「先生、ずいぶん前に靴をみるっていいましたよね、おぼえてますか」
「そんなはなししたかなあ」
「ほら、電車の中で何をしているかって」
「うん、ぼくはでんしゃのなかで、ゆびさきをみているよ。ゆびさきをみれば、そのひとがわかるんだ」
小説家は笑いながら言った。「どれ、きみのゆびさきをみせてくれないか」