第21期 #10

弥生のいちご

富夫は浪人生活から解放された入学前の春休み、三つ下の弟、有次をたずねた。有次は高校を中退後、コックとして千葉のゴルフ場が経営するレストランに勤めていた。有次は九つ先輩の保志と住んでいた。保志の運転で南房総の館山にいちご狩りに行った。ビニールハウスのまえにはマーチに乗った、弥生がいた。弥生は健康的な二十五歳の女性で、有次と保志が勤めるゴルフ場でキャディをしながらプロゴルファーを目指している。富夫はきれいだなと思ったが、すぐ落胆した。弥生は保志の恋人だった。が、富夫は弥生が気になって仕方がなかった。その夜、四人で夕食を終えると有次と保志の暮らすアパートに戻って休んだ。ふたりの部屋にそれぞれ分かれたのだが、富夫は眠れない。ドアから光が洩れていた。富夫がそっと覗くと、弥生は保志の上に乗り、快感に身をよじっていた。性体験のない富夫は均整のとれたからだを揺らし、整った鼻先を天井にむける弥生を夢中で覗いた。ふと目が合った。富夫は思わず飛びのいて部屋に戻ったがもう眠れない。それから毎晩ふたりの逢瀬は続いた。そして、決まってあとから弥生のすすり泣く声が聞こえた。一週間後、保志は故郷の鹿児島へ帰った。父親が病気のため、実家の軍鶏料理屋を継ぐという。弥生は付いて行かなかった。プロゴルファーの夢があきらめられなかった。それがすすり泣きのわけだった。富夫は弥生を誘って、再びいちご狩りに行った。富夫はどきどきしながら弥生に真っ赤ないちごを食べさせた。帰り道、弥生は車をホテルに入れた。弥生は乱れた。ホテルを出ると運転しながら泣き出す弥生を見て自分は振られたのだと悟った。まだ自分は弥生にそぐわないと思い泣けた。ふたりで泣きながら帰った。しばらくして、ゴルフ場が倒産してしまった。弥生の行き先もわからない。今でも弥生とのことを思い出すと甘酸っぱいいちごがよみがえる。



Copyright © 2004 江口庸 / 編集: 短編