第209期 #6
時は元禄。江戸は八百八町のはずれに一軒の小さな骨董屋があった。店主は儀助という男で、三十を過ぎても嫁を取らず、骨董品集めに精を出す変わり者である。
店には『分からず屋』という看板が掲げられている。この奇妙な店の名は、儀助がわざわざ真作贋作両方の品を仕入れて、買い手の目利きを試していることに由来する。商品の真贋については買い手の目利き次第、だから分からず屋、というわけである。
儀助はこの秋口から、お加代という娘を店の手伝いに雇っている。お加代は二十を迎えたばかりの独り身で、心根の優しい働き者ではあったが、これが近隣でも知らぬ者のないほどの醜女(シコメ)だった。
年の瀬も近づくある日、儀助は店で転んで腰を痛め、起き上がることさえ困難になった。そんな儀助を見るに見かねて、お加代が看病に駆けつけた。
ふと儀助が目を覚ますとすでに夜ふけで、部屋には僅かな明かりが灯るばかり。儀助の枕元には、座ったまま目を閉じるお加代の姿があった。看病に疲れて眠っているようだ。
──お加代、と声をかけそうになって儀助は慌てて口を閉ざした。暗がりの中、朧げな明かりに照らされたお加代の姿が、はっとするほど美しく見えたのだ。儀助はごしごしと何度も指で目をこすった。まるで狐に化かされたような気分だった。
翌朝、幾分具合も良くなった儀助が居間に出ると、お加代が朝餉の支度をしていた。
「あら儀助様。具合の方はもう宜しいのですか?」
にこりと微笑みかけるお加代を、儀助は穴があくほど眺めた。やはり何度見てもお加代は醜女である。しかしよくよく見れば、お加代は顔立ちこそたしかに不器量だが、この挙措の美しさ、佇まいの涼やかさは並大抵ではない。
儀助はううむと唸りながらも、内心、ひどく愉快な心地になった。こんなにもお加代のことに想いを巡らす自分がおかしくもあり、新鮮な驚きでもあった。
俺の目利きもまだまだ未熟だったか、と儀助は苦笑しつつ、ふぅ、と大きく息を吐いて、真っ直ぐにお加代を見つめた。
「……お、おい、お加代や」
はい、なんでしょう、とこちらを見つめるお加代の手を、儀助は自らの手にそっと重ねた。驚き目を見開いたお加代の顔が、息のかかりそうなほど、すぐそばにあった。
店に『目利き屋』という新たな看板が掲げられたのは、それから数日後のことである。
仲睦まじい夫婦が切り盛りする店は、安くて良い品ばかり揃っていると、大層評判になったという。