第209期 #5
今日は節目だからと、アメシストの器にぶどう酒を注いでくれた。
庭に続く石段に座って、器を合わせて、満月に掲げる。
ニノ月の満月は弔いの日。
庭からのびる一本道の向こう側、山の中に一族の村はあった。
あの日その場所で何があったのか、俺は知らない。あの日のことを君は何も言わない。
この夜だけ、かけられた魔法がスルッと解けて元の体に戻れる。
黙ってグラスを傾ける俺を見もせずに言った。
「本当は、あなたがここで生きていることを、あの人は望んでいなかったんじゃないかって思うことがある」
薄く笑って彼女は満月を見た。
「え?」
「本当はあの村の神殿の奥にある泉に眠らせて欲しかったんじゃないかって。一族の復活ができるその日まで」
君は器のふちを指でなぞりながら話し出した。
初めてあなたに会ったのは、新月の夜だった。
精霊が騒がしくて、気になって山に続く道を歩いて行ったら、途中であの人に出会った。
あなたはこの子を連れて屋敷に戻りなさい、満月の晩にここでもう一度お会いしましょう、って。
光が届かなくてどんな表情をして、どんな姿だったのかわからないけど、年配の男の人で、血の匂いがした。
あなたは、真っ白なおくるみに包まれて、眠ってた。
落ち着きのない精霊達と血の匂いがひどく怖くて、私はあなたを連れて屋敷に戻った。
あなたは文字通り死んだように眠ってた。
満月の晩、あなたを抱いて道を歩いて行ったら、知らない男の人がふたり立っていた。
あぁ、あの人はもうこの世にはいないのだと思った。
男の人達はおくるみの上からあなたに何か水のようなものをかけて、私に言ったの。
次の新月の晩、祈りを捧げに来て欲しいと。
ピクリとも動かないあなたを連れて、あの村に入ったときは全て片付いていて、神殿の入り口にあのふたりの男が遺体となって座っていた。そのそばにこの器が転がっていた。
ふたりの遺体をなんとか埋めて、神殿で祈りを捧げた。
その時に、あのふたりがあなたにかけていた水のようなものの答えをしった。
時間魔法がこの子にはかけられている。
アメシストが敷き詰められた泉がそこにはあって、かけていたのはその水だ。時間魔法がかけられた水。
あの人は、きっと私がこの子をここに沈めることを望んでいる。血を絶やさぬように。
「でも、それをしないで私はあなたをここに連れて来た」
君はぶどう酒を一口飲んだ。
「なんで?」
俺がそう聞いたら「家族が、欲しかったのかな」って俺を見て笑った。