第208期 #2

片凝り

「氣持いいか?」
「う、うん……もつとして」
 きつと私は變な顏をしてゐると思ふ。身體がすべてを受容れる、そんな形をして、ぎゆつと收縮してゐる。彼の呼吸に合せて。
 ぎゆ、つと……何だらう、貝? ピンク色の、ぬるぬるした、やはらかく、引締つた、貝、の身……浮立つてゐるせゐか、そんな生々しい事を考へてしまふ。
「……」
 最後は、マッサージ。肩凝りの方が、實は膨れ上つた本能的欲求よりも、深刻であつたりする。今のコートは重くて、リュックが肩に食込んだ後などは、とてつもない疲勞感に襲はれるのだ。それを話したら、胸のせゐぢやないかつて。さうかもねつて。笑つて許した。CMで觀た、輕いダウンジャケットにしようかな、一緒に買ひに行かない? そしたら、俺はいい、と。買物とか外食とか、一緒にしたためしが無い。でも一緒に買物して身にならないのは前の彼で知つてゐる、だから彼は賢い。
「よいしよ」
 麥茶を取りに、彼がベッドを降りる。毛布がめくれてひゆうと冷氣が入つてくる。急速に冷めるのは身體だけでない、戻つてきた彼は變らない風であるが、私は元の温もりを取戻すのに、四苦八苦してゐる。
 較べ、彼は強い人だつた。一人で何でもできるし、私の領域を侵さうとはしない――強い人と附合ふのは安心できる、けれどこの内に祕める「弱」さを、判つてはもらへない――これ以上に無く私を孤獨にさせてくれる彼に對して、“孤獨以外”をも求めるのは、強欲といふものだらうか? ……
 弱味の無い彼に、せめてもの抵抗にとすすり泣いてみたりもする。しかしまた、私は泣いてどうしたいのかも、分らないのだ。弱さ、我儘、さう言つてしまへばお終ひで、では、どうすれば強くなれるのか? 慾をきつぱり捨てた、自立した人間になれるかといふのは、私の……人生の課題だつた。

 彼に、そつと觸れた。
 背中を向けた、脇腹に。彼は手の甲を撫で、すべすべだと言つてくれた。
「怠け者の手だよ」
 前の彼にも言つたし、そのずつと前の彼にも言つた。言つてくれたのは父親で、その頃私は引籠もりだつた。
 ぐ、と身體を押附けると、ン、と變な聲が、背中を通つて、私に響いた。
 きつと彼は變な顏をしてゐると思ふ。身體がすべてを受容れる、そんな形をして、ぎゆつと硬直してゐる。私の呼吸に合せて。
 ……今が同じ人間と、解せる時かも知れない。



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