第208期 #3

惑星ナイーヴ

 わたしは今日も五万光年はなれた、惑星に向けて思いを飛ばす。
 傷ついた自分丸ごと、視線に乗せて宇宙に飛ばす。
 
 周囲に恒星が存在しないその惑星は、ふらふら震える。
 
 私は涙がこぼれない角度を知っていて、その仰角上にぴたりあるのが惑星ナイーヴ。
 私が辛いことを辛いと思う前に、空を見ると、惑星は私の悲しみを受けて輝く。

(私の仕事じゃないのにそんなに怒らなくても)惑星に思いを飛ばす。
(売り切れですか、でも後ろにあるあれは何?)惑星に思いを飛ばす。
(いつも笑っていて悩みなさそうでいいねって)惑星に思いを飛ばす。
(今回だけだよ。次浮気したら許さないからね)惑星に思いを飛ばす。
 
 部屋に帰ると、電気を点ける前にお湯を沸かす。ジンジャーティー。
 冬の夜空、家のベランダで、寒いのを承知で空を見る。透い。
 知っている星座はオリオン座だけ。そこに焦点を合わせてまばたきを三度。
 すると、オリオン座から少し離れたところにぼんやりと姿をあらわすのが惑星ナイーヴ。

(結婚できないんだって、今更そんなこと言う)惑星に思いを飛ばす。
(結婚できないんだって、今更そんなこと言う)惑星に思いを飛ばす。
(結婚できないんだって、今更そんなこと言う)惑星に思いを飛ばす。
(結婚できないんだって、今更そんなこと言うの)惑星に思いを飛ばす。

 まばたきを三度。惑星ナイーヴは、まばたきするたびぼやけて、遠いたき火みたいだ。
 もうまばたきはしちゃだめだ、しちゃだめだな。したらだめだ。目が痛い。
 惑星が眩しい。オリオンよりも眩しく光って、スパークしている。

 あああれは、遙か太古の人たちの、悲しみが燃えている光だ。眩しい。
 惑星は届けられた悲しみにこらえきれず、爆発をしてしまった。
 私が飛ばした悲しみやつらさは、惑星に届かず、推進力ももうない。
 人工衛星より中途半端な距離でしばらくふよふよして、そしてあきらめたように落ちる。
 テンプルタトル。

 私の悲しみは、もう惑星には届かない。

 さよなら、私の惑星ナイーヴ。



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