第2期 #9
これはこの夏の話です。
ある七月の日暮れ、二人で上賀茂神社へ行きました。
二千匹ものホタルが一斉に放たれるホタルまつりがあるのです。
日が沈む前に、神社に着いたので、暗くなるまで神社内を散歩することにしました。
ゆっくりと神社の木々の間を抜け、石を踏みしめ歩いていると、そばを時おり子供が元気よく駆け抜けて行きます。ホタルが放たれる小川には、半ズボンの少年や、白いスカートの少女が腰掛けていたりしました。
どこかの楽団がムーンライトセレナーデを演奏し終わると、会場はすっかり暗くなっていました。
そして、いくつもの大きな檻に入れられていたホタルが川へ放たれていきます。
無数のの小さな光が、ぽっかりぽっかりと、浮かび上がります。
ホタルは川辺をゆっくりと飛び回っているのですが、半数くらいは川の流れにそって流されていきました。
仄かな光が人々の無邪気な歓声の中、流れていきます。
微かな光が暗い樹木の影の間をさまよい、時に水面に接し、流れていくのです。
その光景を眺めながらこんな話を聴きました。
ああやって流れていくホタルは綺麗ですけども
実はあれはもう体力のないホタルであのまますぐに死んでしまうんです。
話をぼんやり聴いているといつのまにか一匹私の足にホタルがやってきていました。ズボンに止まったそのホタルは弱々しく発光を繰り返しています。
しばらくすると、光が見えなくなったので、いなくなったのかなと思ったのですが、よく見てみると全く光を発しなくなったホタルがズボンの裾に隠れていたのです。あかりを灯さないホタルはまるで死んでいるようでした。
そして、私がおそるおそる指で触ってみると力なく飛び立ち、夜の暗闇の中に飛び去っていくのでした。
それで私は、生きていこうとする命でなく、生かされている命を感じて、ひどく感傷的になってしまったのです。
すると、それまでうつむき加減に川を眺めていた私の同行者が言いました。
それでもやっぱり命は生きているのよ。生かされている命でも生きていることに変わりはなくてやっぱり必死に生きているんだわ。
だから哀れみなんてかけないで頑張れって応援してよ。
蛍は川を流れて行きます。
人々はただそれを眺めているだけです。
そっと白くか細い手が私の手に重ねられました。
私はいつの間にか泣き出してしまっていたのです。
これはもう過ぎ去ったこの夏の話です。