第2期 #10

ルーム・クラッカー

 少年は、かなり精巧に形成されていた。肌の質感がすこしちがうくらいで、一見するかぎり、さっき見た少年と変わりはない。部屋もまた、なかなか精巧で、ひととおりの家具、怪獣の人形、ヒーローのポスターが含まれている。しかし、窓の外にはなにもない。
 俺の出現に驚いている少年を、まずホめてやった。
「見事なもんだな」
 足元には、テレビで見かけたアニメの動物が走り回っていた。
「ペットまでいるのか」
「おじさん、だれ?」
 ベッドに腰をかけた少年は、俺をおじさんと呼びやがった。
「お母さんに頼まれてきたんだ」
「ママなら、そこにいるけど」
 振り向いたら、それがそこにいた。じっと直立して、にこにこ笑っている。さっき会った女によく似ていたが、俺は泣き顔しか見ていない。
 少年に向き直って、
「なぜ帰らない? 故障はなかったぜ」
「ママが行っちゃダメだって言うから」
 背後から女の声がした。
「そうですよ。この子はずっとここにいますよ。わたしのかわいい子どもですよ。愛しているんですよ――」
 念仏のようにつづく。俺は少年を見すえたまま、
「この女は、きみのお母さんじゃない」
 少年の顔がゆがみ、念仏がやんだ。
「これはきみがつくったものだろう? この部屋もペットもすべて、きみの想像でつくったものだ。なかなか見事な想像力だ」
 それは少年にとって、口にしてはいけない事実だった。なかば泣き、なかば怒りの形相で、しかし彼は顔色を変えるのを忘れていた。それほどショックを受けている。
 俺はおそれた。この部屋、この小さな世界は、彼のものだ。彼は全知全能だ。俺は意識をクラックさせただけで、少年が与えた俺の姿は、いかにもおじさんなのだろう。不正侵入者にはプロテクトがない。彼が俺をデリートすれば、俺は死ぬ――正確には、廃人になる。
「さっき、ホンモノのお母さんな」と俺は動揺をしずめて言った。「泣いてたんだぜ。きみのために」
 少年は、返事のかわりに背後の女をしゃべらせた。
「この子を愛しているんですよ。世界で一番――」
 俺は親指でうしろをさして、少年にたずねた。
「これは泣くのかい?」
 世界が消えた。

 こめかみのジャックからプラグを抜いて、かたわらの少年のも抜いてやると、俺たちが接続していたゲーム機『ルーム』は停止した。空腹と睡眠不足、意識の疲弊に倒れた少年を、ホンモノの母が抱き寄せる。
「救急車を呼んできましょう」
 俺はホンモノの部屋を出た。



Copyright © 2002 紺詠志 / 編集: 短編