第2期 #11

ちいさな命

 わたしには妙な癖があって、酔うと記憶がなくなる。
 それだけならいいのだが(いや、けっしてよくはないのだが)、その記憶をなくしているあいだに子供を作ってしまうのだ。
 今朝も、盛大な頭痛を目覚ましがわりに起こされて、ごろりと寝返りをうった手のさきに、ふにゃ、という感触のあたたかいものにふれて、ああ、またやっちゃった、と隣に視線をやると、うりざね顔の、体長十五センチ位の女の子が体を丸めて眠っていた。十歳位だろうか。長いまつげ、わずかに開いた薄い唇、そこから、とてもちいさな歯がのぞいている。
 なんとはなしに観察していると、たたた‥‥と軽い足音が近づいてきて、ちいさな体が布団にぱふん、とダイブした。二週間前にできた子だ。わたしを見てにこっと笑って、それからまだ眠っている子をしげしげとながめ、髪をつんつん引っぱる。
 「こら、いたずらしない」
 この癖に気がついてからというもの、できるだけ酒量を調節しているのだが、今の取引先の偉いさんがとにかく酒好きで、おかげで今月だけでもう三人も子供ができてしまった。
 わたしが起きたことに気がついた子供たちがさわさわと話しだす。声は聞こえないが、目があえば嬉しそうな笑顔を見せるし、なつかれるのは悪い気はしない。家に友達を招ぶことはできないが、それを差し引いても、ちいさな生き物たちと一緒に暮す毎日は発見の連続で、悪いことばかりではない。
 まだ眠っている子を起こさないように、わたしはそうっと箪笥からちいさな下着と服を出す。ひまをみて作りためたものだ。小花模様のワンピースをひろい出したら、傍からちいさな手がのびて攫っていった。おいかけて取りもどそうかとも思ったけれど、まあいいかと別のドレスを手に取る。
 今日の子は紀子に似ていたな、とわたしは思う。昼休みにでも電話してみよう。
 わたしのところに生まれる子は、どうやら人の命を吸うらしい。あるいは逆に、死期が近い人の姿に似せて子供が生まれてくるのかもしれない。
 どちらであっても、わたしはたぶん、「死神」と呼ばれるものにとても近いのだろうと思う。わたしのところに子供ができると早くて三日、遅くとも十日以内に身近なだれかが死ぬ。子供はその人に似ていることが多い。
 だからなるべく酒は飲まないようにしているのだが、仕事となるとそうもいかない。
 今日は、断れるかな。
 ふう、とついたため息に、まだ酒のにおいが残っていた。



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