第2期 #12

悠久

 浜辺を歩いていたら、子供たちが小石や流木を手にウミガメをいじめていた。
 カメは僕の存在に気づくと、
「いじめられて困っています。漁師さん、どうかこの乱暴な子供たちから私をお助けください」と、流暢にしゃべった。
 ああ、カメ助けなんてばかばかしい。川には桃が、ポチは庭を、さるは柿を投げつけるものだ。カメがいじめられたってどうって事はないし、第一僕はただのサラリーマンだ。それでなくとも最近のカメは、子供が全員そろうまでは浜に上がりたくないとか、血のりを使ったド派手な演出を要求したりとか、初心を忘れてテングになっている奴なんだから。
 僕がそーっと現場から離れようとしていると、
「おい!見殺しにしてどーすんねん。県民はカメを助ける義務を負うゆうて条例にも書いてあるやろが!」と、カメはとがらせた口から泡を飛ばしながらどなった。
 ガラの悪い関西弁に固まっている僕を見て、カメはやれやれといった様子でため息をついた。
「またこれや。……ったく、最近の日本人は見て見ぬふりばっかりしてくさる」
 ひとり言のようにいい、すくっと起きあがってあぐらをかくと、甲羅の中からしわくちゃになったマルボロを取り出し、せわしなく吸いはじめた。
 退屈している子供たちにカメは甲羅からなにかを出して与えた。
「みんなごくろうさん。今日はこれで終わりや。うちへおかえり」
 よくみると遊戯王カードである。都会ではブームの終った感のあるこのトレーディングカードも、この町ではまだまだ大人気だ。カメはこんなものを使って子供たちを手なずけていたのか。ひとしきりキャラクターのウンチクを披露し合い子供たちは帰っていった。
 たて続けにタバコを吸ったカメは、最後の1本に火をつけると空箱を丸めた。
「おい、背中掻いてくれや。海水が乾燥してきたらカイーなるんや」
 僕はカメの後ろにまわりこんだ。
「背中ってコレですか? いったいどこを掻けばいいんですか?」
 僕はそういって甲羅をつついた。
「コレって、それのほかに背中らしいもんがあるか? 縦が7横が8や、右上の桝目が1の1やで」
 僕にひとしきり背中を掻かせるとカメは立ち上がった。
「あ〜気持ちよかった。もうええわ、おおきに。ほんならわし帰るわ」
 すたすたと海に向かって歩きだしたカメは波打ち際で振りかえった。
「ご先祖は立派な人やったで、おまえもがんばれよ太郎」
 そういうとヤニで黄ばんだ歯を見せて笑った。


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