第2期 #13

秋冷

 九月十三日金曜日の午後三時四十分ごろ、東北本線N町駅の南六百メートルで、下り普通列車が人身事故に巻き込まれた。列車はその場で停止した。近くの踏切がいつまでも不吉に鳴き交わした。
 それはこの街に初めて秋が来た日だった。一日じゅう、灰色の低い雲から湿った風が肌寒く流れ出していた。プラットホームのずっと向こうに、二つのライトが冷たい靄に滲んで見える。
 列車は、おそらくあと一時間以上は動かないのであろう。勤め帰りらしい小母さんが、舌打ちしながら携帯電話を取り出している。
――もしもし、お姑さま、いまN町駅なんですけれど、列車が事故で止まってしまって……いつ帰れるか一寸あれですので、申し訳ありませんけど、晩ご飯の方お願いしていいですか……。
 電話を切ると、少し考えてから、改札に向かって歩き出した。土産に駅前のドーナツ屋で買ったらしい、細長い箱を持ち直しながら。
 駅前のロータリーには、いつもタクシーが十台近く群れをなしているのだ。
 救急車と消防車が、てんでにサイレンを響かせながら入って来ると、運転台で寝そべっていた運転手たちが、みな降りて来た。一しきり立ち話をしてから、それぞれの愛車に戻って行く。
――どおれ、何処さでも行けるようにスタンバイしておッかな。
 一人がほがらかに掛け声をかけた。まあ、せいぜい良いお客をつかまえ給え。
 と言うのも、今の刻限は、なんと言っても近くの高校生たちの下校時間だから。
 自転車を押した少年と、少女が歩いてきた。いつもなら、少女を駅まで送ってから、少年は自転車で帰るはずなのだが、普段と違う様子に、
――どうしたのかしら。
――事故だな。……再開の見通しはつかないって言ってるみたいだ。
――嫌ねえ……死んじゃったかしら。
 眉をひそめる少女を、優しいと見ながら、少年は何か別のことを考えているらしい。
――なあ。
 少年は思い切ったように、言い出した。俺ん家で、休んでいかないか。ここで待ってても疲れるだけだし。
 相談がまとまったらしく、二人は自転車に相乗りして、去って行く。ほう、上手くやったじゃないか。幸運を祈るよ。
 さて、私には帰りが遅れるのを告げる家族も、事故のことを話し合う友人も居ない……とりあえず電車が動くまで、駅前のドトオルで一杯やりながら待つとしようか。
 翌朝の新聞によると、死んだのは四十九歳、無職の男性であったそうだ。警察は自殺と見て調べているという。



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