第2期 #7

美しい髪

 彼女はとても綺麗な髪をしていた。誰もが認める美しい髪質だった。事実、彼女の後ろ姿に見惚れて振り返る者や声をかける者も決して少なくはなかった。
 ただ、彼女は醜かった。正面から彼女を発見した異性やカップルは、皆一様に指をさして罵ったりちらちら見てくすくす笑ったりした。声をかけた者は半笑いに小走りで逃げたし、見惚れた者は後で彼女の醜さを知る友人知人に教えられ、その後は笑い話として語った。
 彼女は、自分の不自然なほどに美しい髪を呪っていた。美しい一部というものは、飽く迄美しいもの全体を構成するその一部でなければならないと信じていた。
 ある日彼女は、不注意によって髪を落としてしまった。しばらくして気がついたので、いつどこで落としてしまったのかまったくわからなかった。その日は雨が降っていた。強い雨だ。排水溝に流れ込む雨をぼんやり眺めながら、彼女はこうやって自分の髪もどこかの下水道に流されてしまっているのだろうと思った。
 やがて、彼女にまた髪が生えてきた。しかし、今度はただの髪だった。そこら中の女性がしているように、毎日気を遣わなければ維持できない髪質になっていた。だが、実のところ彼女は喜んでいた。毎日のように髪を手入れしたりする事が嬉しかった。
 彼女は恋をした。そして少しずつではあるが美しくなっていった。男と付き合い、捨てられたり、捨てたりした。それを繰り返して、彼女はやがて年をとった。
 世界も時を刻んでいた。世界は花に包まれていた。彼女のいた町から広がって、やがて全世界へ広がった。
 彼女は美しかった髪の事など忘れていた。ただ夫と子供たちに囲まれて、休日ともなると花を摘みにいくだけだった。



Copyright © 2002 三浦 / 編集: 短編