第199期 #5

2019年3月29日

録画と録音はダメだけれども文章だったらいいよと言われたので、この前のインターンシップのことを何回かに分けて書いていきたい。

Q社に昨年入った研究室の先輩からは、仕事内容や社会人のプライベートなど色々と聞いていた。自分も体験してみたい、と安易に考えてインターンについて問い合わせてもらったら、たまたまタイミングが良かったようで、今回参加することができた。
Q社は業界では有名なスタートアップ企業で、その演習林は噂通り広大だった。森の中には湖、滝、間欠泉もあった。でも先輩が言うには、世界レベルの業務のためには規模だけではなく霊性も大事らしい。妖精を使った暗号計算はこの先ますます重要になるから、Q社は新たな土地探しに力を入れているのだそうだ。

初日。簡単なオリエンテーションの後で、先輩と仕事をしているという妖精に対面した。実物を見るのはその時が初めてだった。妖精はわずかな動きできらきらと色が変わった。顕微鏡で薄い雲母を観察したときのようだった。
あらかじめ先輩と実験計画を相談していたので、あいさつもそこそこに計算に取り掛かった。妖精とのコミュニケーションは予想通り大変だった。課題の境界条件を説明すると、妖精から、小学生のときに転校していった友達のことを尋ねられた。妖精は森羅万象何でも知っていて、その質問に正直に答えないと計算精度が悪化すると習ってはいた。でもあまりにも唐突だった。

その時思い出したのは、よく一緒にぽこぽこを食べたこと。引っ越し前日にけんかをしたこと。その後、友達の名前を通っていた塾の成績優秀者一覧で見つけたこと、など。

答えると妖精はまあまあだねと返事をして、その後で63桁の計算結果を教えてくれた。専用の機器を使ってそれを書き写しているときに、妖精はその友達が今何をしているか教えてあげると話しかけてきた。
こんなやり取りを何セットか繰り返して初日は終わった。終業時間の銅鑼が鳴り、妖精の輪郭が徐々に消えていくのを見て、遅ればせながら感動した。63桁は後日量子計算を三日間回した結果と確かに同じだった。検証方法は次の更新で書きたい。

友達へ。万が一このサイトにたどり着いて、この文章を読んで「ぽこぽこ」と「けんか」で気付いてくれたならとてもうれしい。妖精からは結局何も聞いていない。一方的に近況を知ってしまうのはフェアじゃない気がしたから。都合が良すぎるこの文を妖精のせいにしてほしい。



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