第196期 #4
宅地化が進む水田地帯の一郭に、水田にも宅地にもならない奇妙な土地が存在する。約二十メートル四方の区画が吹き出物のように隆起しており、高さは四メートルほどである。雑草木が生い茂り、時々小鳥が羽を休めに飛んでくる。
その土地だけ整地されずに残されている理由を、古い大人たちは祟られるからだと主張した。名もなき豪族の古墳説や弱小武将の首塚説など解釈には幅があるものの、開発工事の直前に現場監督が事故死した、地鎮祭の途中で落雷した等、過去にあったいくつかの凶事は地方紙から確認できる。
親は子供に「あの土地へは近づくな」と教えたが、子供は無邪気にも近づいた。目当ては藪の中のエロ本であった。何者かが次から次へとエロ本を捨てていくらしかった。小学校高学年にもなれば、男も女も半数程度は性に興味を持ち始める。大人たちにはわからないよう、また敬意を込めて、子供らはその土地を宝島と呼んだ。
中学に上がると女はやがて興味をなくし、男らは半ば信仰のようにその土地を慕った。地図上に示された三角形の記号から、彼らはそこをフリーメイソンと呼ぶようになった。フリーメイソンに集まる者はみな自身が特別な存在であると信じた。特別な男たちは特別なエロ本で特別な自慰に耽った。
高校生の間では、エロ本から得た知識によりその土地は恥丘と呼ばれた。彼らは歳を偽ればエロ本などいくらでも買えるようになり、遠くのコンビニで手に入れては仲間内で回して読んだ。次から次へとエロ本が回ってくるため、最後に読む者は処分に困り、親の目を盗んでエロ本を恥丘に捨てた。
各々の事情から、その土地の話題を異なる世代と共有することはタブーとされた。そのため、各々の呼び名や解釈はごく限られた集団にだけ通用し、子供の解釈は次の子供へ、大人の解釈は次の大人へと受け継がれたわけである。
が、都会に出れば若者は狭い価値観から解放される。帰省してきた大学生は、昔教わったあの腫れ物のような土地の話を思い出し、苦笑しながら親に話した。
「あそこは国土地理院の土地なんだよ。三角点だから、呪いなんかなくても切り崩されるわけがないんだ」
うら寂しい年の暮れ、地方紙の片隅に小さな記事が載った。隣町に住む無職の男が「宝島」と呼ばれる土地の噂を聞きつけ、水田地帯の一郭に隆起した土地の一部を掘り返したところ人骨が出土した、とのことである。男は取材を受けた三日後に死亡している。